日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎「墜落する飛行機」オールカマー2023編

「墜落する飛行機」オールカマー2023編

 馬券師は「墜落する飛行機に乗り、椅子取りゲームをするようなもの」が、このテーマの意味。

 的中予想はしていないので念のため。よって、当てたい人の参考にはならない。

 当てに行く気はサラサラなく、「仮にこれが来たら帯(百万)が取れる」パターンを考える。

 

 枠順確定後の前々日のオールカマーの展望はこう。

 既にこの日に大方の勝負は決まる。

 臨戦過程やこのレースへの勝負気配、調教状態から見て、「中軸となる馬」を早めに決める必要がある。

 もちろん、今の段階でこれが外れていると、レースはもう終わる。

 だが、一度結婚相手を決めたら、他の女性は選べぬのだから、腹を括って進むしかない。それと同じこと。

 

 これは「当てに行く」のではなく、「当てた時に十分なアガリを取る」ためだ。

 三百倍の馬券を当てても、タネが一枚(百円)なら三万円だが、三十枚(三千円)買っていたなら、アガリは九十万だ。

 馬券師が最も舌打ちをするケースは、「万馬券を当てたのに千円しか買っていない」という場合だ。どうせ勝負に行くなら「固めて買ってろ」と自分を責める。

 

 よって、枠順が確定してからは、「どうやって馬券内候補の馬以外を切り捨てて行くか」という選択になる。

 「勝ち馬を当てに行く」のではなく、逆に「要らん馬を捨てに行く」ということ。

 これは、とりもなおさず、「的中確率を自分から下げて行く」ことでもある。

 

 枠順公開前には、軸を牝馬のウインマリリンかマリアエレーナにしようと思っていたのだが、いずれも外枠に入ってしまった。

 中山なので、「馬券内軸馬」は「内枠の先行馬」から入るのがひとつのセオリーだ。よって、現段階ではノースブリッジ。

 問題はタイトルホルダーだが、逃げ馬としては、二枠二番という最高の馬番に当たった。攻めかかる馬もおらず、逃げ切りの可能性はある。ただ、天皇賞競走中止が心的ダメージによるものなら、たぶん、今回も途中で競争を止めると思う。

 タイトルホルダーについては、「1着固定」か「馬券の対象外」という「二通り」、もしくは「そのいずれか」の選択で良いと思われる。

 これは点数を絞って、勝負を賭けるレースだと思う。

 帯はすぐ目の前にある。もちろん、仮に当たれば、の話だ。

◎霊を撮影する方法

霊を撮影する方法

 このところ、あの世の者に「緑の紙」お出されたり、夜中に体が硬直したりと、変事が続く。

 木曜になると、異様に体が重くなっていたので、神社でセルフチェックをしてみることにした。

 看護師のユキコさんにも、その説明をした。

 「以前にも、『たぶん、今は寄り憑いているだろう』と思って、撮影したら、その考えの通り、そこにはいない筈の人影が写りました」

 その時の撮影条件は、次の通り。

 

1)午後二時から四時の間。これは季節によって変わる。要は日光の照射角度に関係している。

2)ガラス窓に自分の姿を映す。

 これらは前提条件だ。

 ユキコさんに前回、前々回に撮影した時の状況を話していて、気付いたことがある。

3)カメラを真っ直ぐガラスに向けない。

4)視線をガラスに向けない。

 「見ようとする」「撮ろうとする」と、それが先方に伝わるのか、写る頻度が著しく下がる。

 よって、「なるべく幽霊のことを考えぬようにする」方が撮影しやすくなるようだ。

 「撮ってやろう」「それをネットに公開しよう」「受けてやろう」みたいな考えを持つのは厳禁だ。魂胆があると、その心情に呼応する者が共感して寄り憑くから、良からぬことが起きる場合がある。

 「都合よく利用されて、それを快く思う者はいない」のは死者でも同じ。

 私はこれを見た人がどう思うかにはまったく興味がない。私が語り掛けているのは、たぶん、五人くらいいる筈の私と同類の者に対してだけ。

 

 今のところ、これで撮影確率が高まるのは確かだが、しかし、それでも「いつも写る」わけではない。

 百回に一度が、二三度に高まるだけだが、しかし、それは「たまたま写った」こととまったく意味が違う。あの世は実在すると確信し、それを確かめるために撮影して、その予測通りに撮影出来るのであれば、これは既に信仰とか宗教の問題ではなく、科学の領域にあることを意味する。

 「視線を合わせぬが、しかし、被写体の周りを詳細に撮影する」のは、割と難しくて、私自身の周囲にうまく焦点を合わせることが出来ない。これは今後の課題だ。

 

 結果の詳述は控える。認識出来ぬ人が殆どだろうし、こういうのは私だけに関わることなので、私が理解し、対策を立てればよいだけのこと。

 思った通り、体が尋常ならぬほど重くなるには、それ相応の理由がある。

 

 画像では、前後のガラス戸、もしくはガラス戸の合わせ目の左右で、私が二重映りしているように見えるのだが、別人だ。

 左側の顔は髪が長く、膝丈のスカートを巻いた脚が写っている。

 昨年の「膝丈スカートの女」を思い出すが、それと同一であるかどうかはまだ分からない。左側だけに丸い光が見えるが、フラッシュ光なら両方に映るので、それではない。また、この日の私はピンク色のマスクをしており、白ではないからマスクでも無い。煙玉ということ。煙玉はそれ自体は自然現象だが、霊的現象の付帯物として現れることがある。

 

 画像ではよく分からぬが、右の脇腹の辺りに、八歳くらいの女児がいて、シャツを掴んでいる。これは触感(体感)で言うことだが、ここに来ると、時々、この子が私に寄り添う。小さい手の感触があり、それがいつも同じ者の印象だ。姿を捉えたのは一度だけで、その時も不鮮明だったが、手の感触は鮮明に分かる。

 他にもいるようで、少なくとも五六体が群がっており、あるいはさらにその背後にムカデ行列が続いているかもしれん。それなら、体が重いのも当たり前だと思う。

 

 幽霊は感情だけの存在で、「溺れる人」と同じ境遇だ。助かりたくて、必死になり、手が届くものに縋りつく。私が心停止の経験があり、幾らかあの世と通じるところがあるので、存在を察知して寄り憑いて来るのだと思う。

 手を引き剥がさぬと、普通の生活が出来ないので、一人ずつ引き剥がす。

 「傍に居ても良いが、しかし、二㍍くらい離れていること」を教える必要がある。

 

 ここでユキコさんと話したことを想い出した。

 「こうすれば幽霊が写りやすいといくら説明しても、それを人選してみる人はこれまでいない。ま、百回くらい続ける必要があるわけで、面倒なのかも」

 すると、ユキコさんが笑った。

 「そりゃ、実際に写ったら嫌ですもの。自分の肩に頭を寄せる幽霊なんて見たくないです」

 それもそうだ。「偶然」とか「たまたま」の入る余地があるから、逃げ道があるが、もし「写るだろう」「写るかもしれん」と思いつつ、撮影して、その通りに写ったら、もはや「死後にも意識が残る」ことを認めなくてはならなくなる。

 だが、いつも記すが、「死ねば終わり」と言う考え方こそ幻想に過ぎない。

 死後の存在はあるし、さらに自然界の法則に従って存在している。もちろん、それはこれまで宗教が語って来たような死生観とはまったく別の世界だ。

 

追記1)私の左腕が二本写っているが、右腕と太さがまったく違う。そもそも女性の腕だし、その上にある顔は女のもの。
 女性が空中に浮いているように見えるのは、私が背負っているからだ。これではさすがに重い。

追記2)女が宙に浮いているように見える理由は、やはり「私がおんぶしていたから」。やたら体が重いし、左肩が凝るのはそのせい。
おかげで、今日某大学病院に行く予定だったのに、月曜に変更になった。
こういうのは、体感ときっちり一致するから、迅速に対処出来る。女はともかく、「黒いひと」のような姿があるから、こちらはさらに要注意だ。

 一発書き殴りで、推敲も校正もしません。眼疾で文字がよく見えぬので、総てブラインドタッチによります。 

◎病棟日誌 悲喜交々 9/21「鰆の甘酢餡掛け」

病棟日誌 悲喜交々 9/21「鰆の甘酢餡掛け」
 夢と夢の後でこの世の者ならぬ男に「緑の紙」を差し出されてから、何だか体の調子が悪い。翌日の夜には、夜中に目覚めると、体が硬直して動けなくなった。一般的には「金縛り」と言うが、これ自体は体の反応で、心身のバランスが悪い時に起きる。
 問題はその引き金が何かということだけ。

 「ま、見りゃ分かる。今日は帰りに神社に寄ろう」
 病棟に行くと、この日の穿刺はユキコさん。ああ、良かった。
 調子が良くない時に、変な医師に当たったり、ヘタクソな看護師に針を刺されたりすると、ゲンナリする。
 ユキコさんは、山家育ちで、私と空気感が同じだ。すこぶる居心地がよい。
 すぐに「あまり眠ってないでしょ」と指摘された。
 この辺も気配だけで悟られてしまう。

 この人には、あの世系の話をしても大丈夫。既に画像を幾つか見せている。私が色んなところに行き、「穴」を閉じるための供養を施していることも知っている。ま、数年前には、ユキコさんの家の近くの湖に、月に三四度は行き、焼香をしていた。
 「いやあ、夢で男を見たら、眼が覚めた後でもそいつがいたんですよ。自分ちの居間に」
 そして、その男が「緑色の紙」を差し出したことを話した。
 「ありゃ一体どういう意味なのかが、まったく分かりませんね。緑色の紙って何ですかね。召集令状なら赤紙と決まってますけど」
 イカれた話だが、ユキコさんは普通に聞いている。ま、私が撮影した幽霊の写真を何枚も見ている。
 「保険証じゃないかしら」
 「面白いね。ユキコさんに座布団一枚」
 ある日突然、幽霊が現れて、差し出して来たのが「保険証」。
 ま、緑色の紙と来れば、実際、見た目保険証だわ。

 「一応、帰りに神社に寄って自撮り撮影することにしてます、TPOが合えば実体を捕まえられるかもしれんので」
 この話の流れで、「人は死んだらどうなるのか」「あの世は百%存在している」と言った方向に進んでいた。
 ここで我に返ると、周囲の患者や看護師が全員、私の話に聞き耳を立てていた。普段は話し声が聞こえるのに、今は皆が沈黙している。
 ここは重篤な患者が殆どの終末病棟だから、生き死にの話には敏感だ。明日は我が身に降り掛かる。
 そこで、話を切り上げることにした。
 「じゃあ、上手く撮影出来たら見せますからね。怖くない時に」
 一発であの世の所在を確信するような画像を見て喜ぶ人はいない。それまで信じて来たことが、一瞬で崩れるからだ。人は自分の信じたいように外界を眺める。「気のせいかもしれぬ」という逃げ道がないと、精神にカタルシスを起こす。
 (ちなみに、たった今、プリプリ普通電話が反応した。そこで「見てたか。今後も協力して行きましょう。俺がいないと困るだろ。君たちを正確に認識出来る者は数少ないもの。俺はきちんと供養してやるから、俺にはちょっかいを出さずスルーしておけ。さもないと今より苦しくなるよ」と伝えた。)

 画像はこの日の病院食。普通の患者は、たぶん、鯖の甘酢餡掛けだが、私は鯖が苦手なので、鰆になっている。
 材料費の関係なのか、二口で終わるから、ご飯を食べるのがしんどい。
 他の患者では、ほとんど手を付けずに食事を止める者もいる。
 介護士のバーサンが来て、悔い残しのあるトレイを眺めていた。
 「Sさんは今日は食べてくれなかったね。一割しか食べてない。どうしてだろ」
 トレイを前に考え込んでいる。
 このバーサン。きちんとした職業意識を持っていやがる(w)。「一割食べた」を記録するだけではなく、その患者の状況について考察していた。
 思わず助言をした。
 「甘酢餡掛けが酸っぱいからですよ。除水の後は体が渇いているから、刺激が強すぎて感じられる。健康な人なら何でもないことですが、病人には食べられぬ人もいる」
 これは仕方がない。栄養士も調理師も病人ではないから、細かい感覚までは分からない。

 私も酢漬けは嫌いだが、「食べるのも仕事」だと思って食べる。今はまた生き続けるためのテーマを見付けたから、体勢を整える努力は惜しまない。
 テーマを持たないのに、ただ姿勢を誇張するどっかの総理大臣とは生き方が違う。ま、あの人は殆どの人と考え方が違う。
 「姿勢」とか「努力」すること自体がテーマに置き換わっている。

 患者の食い残しのトレイの前で腕組みをする介護士バ-サンの姿を見て、心底より敬意を覚えた。一つひとつのことを誠心誠意取り組む姿に学びがある。仕事や人生の各所を舐めていない。

◎DJ.セクハラ

◎DJ.セクハラ

 「おっぱい触られ」騒動のあのD.J.さんが、性懲りもなくまた日本に来て、さらにまったく怯むことなく下着姿で出歩いていたそうだ。

 「すごいね。面の皮が厚い」

 「トラブルを起こさぬように、会場ではともかく、街中では控えましょうとか、などという気を全く見せぬところがあの国の人らしい」

 

 だが、SNSで話題にしたところ、ある人が気が付いた。

 「性的なものを無理やり見せつけるのは、そもそもこれ自体がセクハラじゃねーか?」

 あ、本当だ。

 もし、オヤジがパンツひとつで街に出たら、即座に警察に捕まる。

 今では「可愛いね」と声を掛けることさえもセクハラになりかねぬ時代だ。

 

 見たくも無い女性の下着姿を見せ付けられるのは、それとどこが違うのか。

 人によってはエラい迷惑だ。

 催し物の会場の中ならともかく、街中をハミチチ・へそ出しで歩くのは、公序良俗に反するんじゃないのか。

 こんなのは、それを見た人が「裸で歩いています」と警察に告知すればよいと思う。

 興味のない人でも、一般常識から外れた格好をしていれば、つい目を向けてしまう。

 見たくも無いものを見せられて、挙句の果てに「変な目つきで見ていました」と言われれば、怒りに我を忘れる者も出るだろう。

 

 皆の注目を浴びたくてやっているのだろうから、次はそれに応え、きっちり逮捕してあげるとよい。それこそ目立つこと限りなし。

 

 

 

 

◎夢の話 第1K98夜 緑の告知

夢の話 第1K98夜 緑の告知

 九月二十日。つい一時間ほど前に観た夢です。

 

 夕日を眺めながら、どこかビーチのテラスで、白いテーブルを前にして椅子に腰かけている。

 テーブルの上にはカクテル。たぶん、シンガポールスリングだ。

 隣には、肩の出たワンピースを着た女性がいる。二十六か七歳くらい。

 たぶん、俺は三十歳くらい。

 「ここはどこだっけな」

 遠くに港の夜景が見える。外国航路の船の灯りが行き来している。

 「セントサ島」という言葉が思い浮かぶが、どこだったかが思い出せない。

 美女と一緒に夜景を眺める。

 絵に描いたような休日の姿だった。

 

 ここで唐突にチャイムが鳴る。

 「ピンポーン」

 これは玄関のチャイムの音だ。

 これで、スイッチが切れるように、ビーチが消えうせた。

 それじゃあ、今までのは全部夢だったか。せっかく、これから美女と燃えるような一夜を過ごす筈だったのに。

 意識がしゅるしゅると、居間に戻る。

 娘を駅に送った後、居間の竹茣蓙の上に座ったら、そのまま眠り込んでいたのだった。

 「仕方ねえ。宅急便を受け取らねば」

 ここで初めて眼を開くと、居間に男が立っていた。

 背の高い男で、眼鏡をかけている。息子と同じ背格好だが、何せまるで顔が違う。

 男は無言のまま、左手で何かを差し出した。

 緑色の紙で、何かの伝票か書付か。

 「え。こりゃ一体どういうこと?」

 だが、すぐに気付いた。

 「俺はまだ夢の中にいるわけだ」

 なら取りあえず、目を覚まそう。

 ここで覚醒。

 

 この話の本番はこれからだ。

 二度目の目覚めをして。体を起こすと、なんと先ほどの夢の男がまだ部屋の中にいた。

 台所のカウンターの奥に立ち、やっぱり左手で「緑色の紙」を差し出している。

 百九十㌢くらいの背の高さで、息子そっくり。眼鏡をかけている。

 カウンターの中に立つと、外からは頭の上が視界から切れて見えぬところがリアルだ。

 

 人間はあまりにも現実離れしたことに出会うと、無感動になる。驚きもしなければ、怖れも感じない。

 「コイツはこの世の者ではないや」

 なら、良い機会だ。触ってみよう。

 男に触ってみるべく、腰を上げようとすると、当のその男の姿が周囲の景色に溶け込んでゆっくりと消えて行った。

 

 「いやはや、俺もいよいよここまで来たか」

 他の者がこの話を聞いたら、さぞ「イカれたやつ」だと思う筈だ。

 だが、いつも私の方が真実を語っている。幸か不幸か、ただの妄想ではない証拠だって、幾らかはある。

 完全に実体化した「あの世の者」を見るのは久しぶりだ。

 あの状態なら、たぶん、触れたと思う。で、触感もあった筈だ。

 

 ここで我に返る。

 「なら、あの緑色の紙はなんだろう?」

 あの世の償還命令なら、今度が本番だが、「あの世の者が伝票を出す」ってのはアリなのか?

 「これはこれまでのサービス料の請求書です」

 ま、召集令状なら「赤色」と決まっているから、何か別の伝達事項かもしれん。

 また何か考えさせられそうだ。

 

 だが、何かのお知らせであることは疑いない。あの「ピンポーン」はこれまで幾度も聞いて来たが、ただの夢ではない。音には「耳に響く音」と「心に響く音」の二通りがあるが、「ピンポーン」には両方のケースがある。

 

 追記)しっかく若い自分が美女との情事を繰り広げる筈だったのに、おかしな方向に曲がってしまった。何だか少し残念なところがある。向かい側ではなく、隣に座るのは既に彼氏彼女の間柄ということ。

 

◎夢の話 第1K97夜 「シンカの女」

◎夢の話 第1K97夜 「シンカの女」

 一昨日16日の朝に観た夢です。

 

 幼馴染のケンゾーの家は集落の外れにある甚平衛坂の上にあった。

 屋号は「松の下」だ。

 ケンゾーは猿面だったが、その外見の通り、野山のことには詳しかった。

 このため、山歩きをする時には、ケンゾーがいてくれるとたいそう助かった。

 このケンゾーの家の前の道を道なりで進むと、山の斜面を切り崩して作った畑に至る。

 その畑を通り過ぎると、その先は山道だ。

 その道を二キロくらい昇って行くと、うっそうと木々の茂ったところに至る。

 背の高い木々に日光を遮られ、昼でも薄暗い。

 その森の真ん中に「シンカ」がある。

 シンカは沼地のことだが、私はこれがどういう字を書くのかを知らない。

 ただ、皆がシンカと呼んでいたので、そう認識していただけだ。

 この沼地には、七十㌢を超えていそうな鯉が棲んでいた。

 だが、子どもは誰も釣りには行かなかった。

 この沼には「河童がいる」という伝説があり、ここに鯉を釣りに行った地元のオヤジさんが、幾人か溺れ死んでいる。

 いざ鯉をたもで掬おうと、湿地に足を踏み入れると、河童に攫われる。

 そんな噂だった。

 

 子ども心に怖くて堪らん場所なのだが、しかし、時々、この近くに行った。

 何か独特な雰囲気があり、肝試しにはちょうど良かったからだ。

 小学四年生の夏休みだったと思うが、ケンゾーと連れ立って、シンカを見物に行ったことがある。

 八歳か九歳の頃だ。

 

 シンカの森はひと際暗いので、中に入るのもためらわれる。

 最寄りの家に住むケンゾーでも、滅多にこの近くには来ないのだそうだ。

 だが、道はシンカの先にまだ続いている。

 「あの先を見て見よう」

 これが二人の申し合わせだった。

 

 シンカを過ぎると、空を塞ぐ木々がなくなり、周囲が明るくなった。

 道はどんどん細くなったが、しかし、まだ先がある。

 さらに一キロも山道を登って行くと、ついに林道すらも見えなくなった。

 「ここで道は終わりだ。結局何も無かったよな」

 引き返そうとしたのだが、ここで私が気付いた。

 「道がないんじゃなく、使っていなかっただけだ。うっすらと跡が見えるもの」

 それなら、少なくとも、「前は何かがあった」ということだ。

 そこで、二人でもっと先に行ってみることにした。

 山すそを迂回して進むと、その山の陰に、山荘があった。

 表の側からは見えぬ位置だった。

 

 「こんなところに家があったとは、俺でも知らねがった」

 ケンゾーが驚く。

 その家は木造とモルタルの二階建てだったが、この辺にはない洒落たつくりだった。

 「何か金持ちの別荘みたいだな」

 だが、私は「金持ちなら、こんな山の中に車を使わずに来るのは不自然だ」と思った。

 しかも人が歩いた後がまるで無い。

 

 その山荘の前まで行ったが、つくりが外国風だった。スイスの山の中にでもありそうな洋風のバンガローかあるいは洋館だった。

 ケンゾーは「ここに人が住んでいるとは思えねな」と言ったが、しかし、家の脇には洗濯物が干してあった。

 黄色や赤の女性用のシャツの類だった。

 家の周りをひと回り回って、それから山を下りることに、裏手の方に歩いてみた。

 すると、何やら声が聞こえた。

 「ルルル。ラララ」

 若い女性が鼻歌を歌う、その歌声だった。

 きれいな声だったので、何となく声のする方向に進んでみた。

 

 家の裏では、一階のひと部屋の窓が開いており、その部屋から声が聞こえて来ていた。

 何となく、その声に引き寄せられ、窓の正面に立った。

 すると、窓の開いた室内で、若い女性が裸でシャワーを浴びていた。

 こんな山の中だし、人が来る筈もないから、窓を開け放して、外の風を入れていたのだろう。

 長い髪が背中を幾らか隠していたが、真っ白な肌だった。

 「ルルルラ。ララララ」

 女性は壁の方を向いていたので、最初は私たちに気付かなかった。

 私は、裸の女性を覗き見たらダメなような気がしたが、だが、余りにも見事な背中だったので、眼が離せずにいた。

 私とケンゾーは、その場に固まったまま、天使のような女性の姿を凝視した。

 

 シャワーの水が止まると、女性がこっちを振り向いた。

 そして、私たちがそこに立っているのを認めた。

 だが、相手が子どもだと見て、裸身を隠しもしなかったので、おっぱいがすっかり見えてしまった。

 それで、私はすっかり固まってしまった。

 動けずにいると、その女性がほんの少し微笑んで、こう言った。

 「君たち見たわね。そのままそこにいなさい。すぐそっちに行くから」

 そう言うと、女性は部屋の奥に姿を消した。

 私は頭の中で、「これは不味い」ともの凄く焦った。

 何せ、女性がシャワーを浴びているところを覗いていた。どう見てもスケベな子どもたちだ。

 親に言いつけられるだろうし、下手をすれば警察まで呼ばれる。

 「参ったな」と思ったが、、しかし、見つかってしまった以上、逃げればもっと厄介なことになるかもしれん。

 「ケンゾー。俺たちはどうすべか」

 隣にいるケンゾーに相談しようとしたが、そこにケンゾーはいなかった。

 最初に、女性に見付かった時に、ケンゾーは脱兎のごとく逃げ出していたのだ。

 隣の私が気付かぬほどだから、ケンゾーは逃げ足がやたら早かった。

 「あのヤローめ。さすが『山猿』と綽名されるヤツだ」

 私はむしろ、あのタイミングで逃げおおせたケンゾーに感心した。

 

 程なく女性がやって来た。

 白いバスローブのようなものを羽織って、何やら容器とグラスを持っている。

 「こっちに来なさい」と女性が指差す方向を見ると、そこには木のテーブルと長椅子が置かれていた。

 「一人は逃げたのね。ならひとつは私が使うね」

 椅子に座ると、女性がテーブルの上に飲み物の器ひとつとコップ二つを置いた。

 「飲み物をご馳走するから、少し私の話し相手になりなさい」

 すごくきれいな女性だし、バスローブの下は裸だろうし、何だか石鹸の良い匂いまで漂って来る。

 私はその清潔な色香に頭がぽわんとした。

 女性がコップに飲み物を注いでくれたので、私をそれを口にした。

 透明な液体だったが、なんと苺だった。

 苺をただ潰したのではなく、濾して果肉を取り去った、いわゆる「エード」の類だった。

 贅沢な飲み方だ。

 「裏に温室があって、そこで苺を作っているの。春に採れた苺をこうやって置けば、長く保存できるのよ。美味しいでしょう?」

 「はい。すごく美味しいです」

 マジで美味かった。こんなのは飲んだことが無い。

 

 「僕は麓に住んでいますが、ここにお宅があることを知りませんでした。さっきのことも・・・」

 たまたまであって、覗こうとしたわけではないのです、と言おうとしたのだが、恥ずかしくて、途中で言葉を止めてしまった。

 「ここは別荘だからね。私はいつもここにいるわけではないのよ」

 それなら、地元の人と接点が生じぬから、皆が知らぬのも無理はない。

 ケンゾーは、わずか四五キロ離れた家に住んでいたが、この家のことを知らなかった。

 

 「ここにはお一人で来られるんですか」

 「誰かと一緒のこともあれば、独りのこともあるわ」

 少し遠くを見ながらそう話す口調で、私はこの女性は誰かに囲われた人ではないかと想像した。

 小学四年生が想像するには大人びているが、つい昨夜、そんなドラマをチラ見したばかりだったのだ。

 ドラマは戦前の話で、この家は建物などの佇まいがそれとよく似ていた。

 

 それから、私はその女性と小一時間ほど話をした。

 話の内容は、この山のことだ。どこに栗の木があるとか、どの沢に雉が沢山いる。

 そんなことを必死で説明した。

 どうやら女性が私を呼び止めたのは叱るためではなかったらしい。

 そのことを悟ると、緊張が解け、私はベンチに深く腰を下ろした。

 晴天で、平地ではさぞ気温が上がっていそうだが、ここは山の中で標高も高い。

 吹き上げる風が心地よくて、つい眠くなる。

 すると、それを女性が見て取った。

 「君は眠くなったね。いいわよ。私が膝枕をしてあげるから、少し休んで行きなさい」

 返事をする前に、女性が私の頭を引きよせ、自分の膝の上に置いてくれた。

 布一枚隔てただけで、若い女性の太腿に触れていたから、私の胸はドキドキしたが、しかし眠気の方が強くなって来て、私はたちまち寝入ってしまった。

 

 眼が覚めると、私はベンチで横になっていた。女性の姿は見えなかったが、だいぶ、お日様が西に傾いていた。

 「わ。急いで帰らぬと、シンカを抜ける頃には暗くなってしまう」

 昼でも暗いあの場所を、夕方以降に通るのはぞっとする。

 私はすぐさま跳ね起きて、急いで来た道を戻った。

 四十メートルほど進んだところで、後ろを振り返ると、山荘の二階の窓際にあの女性が立っていた。

 口が動いている。

 声は聞こえなかったが、「また来るのよ」と言っているように思えた。

 私はぺこりと頭を下げ、右手を振って、もう一度走り出した。

 

 シンカの沼の脇を通り過ぎようとすると、沼の中から「カカカカ」という鳴き声が聞こえた。

 「あれは河童の呼ぶ声だ」

 私は河童に捕まれぬよう、必死で走った。

 家に帰り着く頃には、すっかり暗くなっていた。

 

 一日の内に色んな出来事があったので、家に帰ると、夕食を食べず、風呂に入らずそのまま横になった。

 次に目が覚めたら、既に翌朝だった。

 父は既に仕事に出ており家にはいなかったが、手伝いの女性が朝食を整えていてくれた。

 住み込みの女性で、山ふたつ隔てた農家から働きに来ていた娘だった。

 シンカとは逆方向の開拓農家の育ちだった。

 「昨日は遅く帰ったようだけんど、一体、どごさ行ってたの?」

 「シンカの先」

 「え。あっちには何もない筈だけんどね」

 「家があったっけよ。金持ちの別荘だってさ」

 すると、手伝いの娘が首を捻った。

 「あっちには何もねはずだけんどね」

 

 ここに、従業員の壮年男性が顔を出した。

 私の父は商人で、朝早くから市場に出掛ける。

 父が不在の時には、店を手伝いの女性たちが守り、荷物の運搬など労務全般をこの男性が受け持っていた。

 「ね、ササキさん。シンカの先に家なんてあったべか」

 すると、ササキさんはこう答えた。

 「いや、ねえな。戦前には医者の別荘があったはずだけど、戦後まもなく火事が出て焼け落ちた」

 「え。俺は昨日、その家に行って来たけど。そこには娘さんもいだっけよ」

 すると、ササキさんが、首を僅かに横に振った。

 「別荘が焼けた時に、そこの医者と若い愛人の二人が死んだっつう話だっけよ。もう二十年は前の話だ」

 

 それを聞いて、私の頭は混乱した。

 紙の長い女性の入浴を見て、それから苺のエードをご馳走になった。

 あれは間違いなく昨日の話だ。

 すると、ササキさんが私の気配を感じ取ってか、強い口調でこう言った。

 「そこには行ったらダメだよ。縁起の悪い場所だし、障りが出そうだから、誰も行かぬようにしてるだべさ。シンカの河童話も、人を近付けぬようにするためのものだっぺ」

 だが、私は確かに、あの場所で別荘を訪れ、若い女性と話をしたのだ。

 その夜に父にこの話をすると、父はササキさん以上に強い口調で、そこに行くのを禁止した。

 「もしそこで人にあったというお前(め)の話が本当なら、余計に不味い話だぞ。お前が関わったのは、この世のものじゃねえがらな」

 ここで覚醒。

 

 これは物語に出来る筋だと思う。 「私」は女性に恋をするが、しかし、それは絶対に近寄ってはならぬ相手だった。みたいな。

 その後、数十年間、郷里に帰らずにいたが、シンカの女のことを想い出し、再び、あの地を訪れる。

 そこで゙・・・、果てこの先はどうなるのだろう。

 

 注記)一発書き殴りで、推敲も校正もしません。眼疾で今は出来ないのです。

 

 追記)夢は「あの山荘も女性も存在しない」ことで終わったが、物語としては、「僕」が夏休みの最後の日に、もう一度、あの女性に会いに行く展開になると思う。(小4なので、「私」ではなく「僕」が等身大だ。)
 さて、二度目に会った女性は、どんな振る舞いをし、何を語るだろうか。
 これを考えるのは楽しそうだ。

 現実に子どもの頃の体験で似たような事がやはりあって、姫神山の近くまで登って行くと、山の中腹に山荘があった。
 別荘だから、夏の一時期にしか人は来ない。
 だが、何だかそこに女性がいるような気がした。

◎虫の知らせ

◎虫の知らせ
 昨夜から今朝にかけて、やたらプリプリと不通電話が鳴ると思ったら、今日の午前中に父が亡くなったようだ。まだ詳細は分からない。
 「昨日、コロナに感染したらしいと兄に連絡があった」らしい。急速に悪化して、そのまま亡くなったのだと思う。

 コロナ感染で死亡すると、殆どの場合、通夜葬式を控える。
 たぶん、火葬が終わるまでは弔問客に遠慮願うことになると思う。恐らくは、節目の七日か四十九日に法要を執り行うことになるのではないか。
 詳細はこれから。

 当方は眼の手術を控えており、そもそも旅行が出来ないから、たぶん葬式に行けない。
 妻子に行って貰うことになりそうだ。
 父とはまだ話したいことが多々あったのに残念だ。

 ひとまず「俺より先に死ぬな」という父の言い付けは守った。
 次は当方の番だ。