日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎遠からず

◎遠からず
 病棟の食堂に行くと、見慣れぬ老人が入って来た。
 「あんまり見掛けないな」と思ったが、すぐに気がついた。
 うひゃひゃ。このジーサンは半年くらい前に「死期臭」を放っていたヤツだ。
 てっきり、「1、2ヶ月のうちに死ぬ」と思っていたが、半年経っても生きている。.

  ちなみに「死期臭」とは、死に間際の人が放つ、甘酸っぱいような匂いのことで、これまでに幾度か嗅いだことがある。

 この匂いがする人は概ねひと月以内で死んだ。それまで病気をしたことのない人でも、死が迫るとこの匂いがする。

 半年前には、このジーサンもかなり強い匂いを放っていたから、てっきり「このジーサンはもう少しだな」と思ったのだ。

 ところが、今も生きている。
 おまけに、三ヶ月前までは車椅子だったのに、今は自分の足で歩いていやがる。
 「あのジーサンは車椅子に座っている」という先入観があったので、目の前の老人が同じジーサンとは思わなかったのだ。
 つくづく「直感など当てにはならんもんだ」と思った。

 本題はここから。
 帰る段になり、病棟を出てエレベーターに向かうと、このジーサンと再び一緒になった。
 病棟は3階だから、1階に降りることになる。
 しかし、いつまで経ってもドアが閉まらない。
 扉の近くに立っていたのはジーサンだったが、なにやら操作しながら「チ」みたいな声を出していた。
 前を覗き込んで見ると、ジーサンはひたすら「3」を繰り返し押していた。
 3階にいたので「1階に降りる」には「1を押す」必要があるが、ジーサンはそのことが分からなくなっていたのだ。
 ジーサンは5、6回も力を入れて「3」を押していたが、そこでようやく気付き、「1」を押した。
 立って歩くようにはなったが、やはり「もうじき」なんだな。
 ま、これくらいしぶとければ、人生を十分に味わったと思う。

 ジーサンの背中を眺めながら、「俺の方が追い越してしまわぬように気をつけねばならない」と痛感した。