日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎苦闘の日々

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「今」に繋がる分岐点付近

◎苦闘の日々

 毎月、2回は定期検査があり、血液だけでなくレントゲン等の検査を受ける。数ヶ月に一度はCTやら潜血反応の検査などを受ける。

 普段のデータが蓄積されているから、異常があればすぐに発見される。この辺は、年一回ずつの会社や自治体の健診だけの人より、疾病が早く発見される。

 もちろん、健康な人は病気が少ないから、検査も少なくて済むということでもある。

 持病がある場合は、新しい病気がパッと出て、あっという間に進んでしまう。

 

 このところ、私は毎月、何かしら新しい症状が出て、ほぼ検査詰めだ。「今のうちは」そんなに心配が要らないものの方が多いが、ヒヤッとする症状も出ている。

 秋半ばになり、心臓が徐々に肥大しつつあるので、そっちの対応が優先され、他のが後回しになりがちになっている。

 胆嚢や脾臓の腫瘍は小さくなっており、ほとんど痛みを感じないが、腸は超ヤバイ。(ここは冗談でも言っていないと気落ちする。)

 潜血反応で2度引っ掛かったので、やはり内視鏡検査の予定を入れ直すことになった。

 母が大腸ガンで亡くなっているから、最後はそれかとも思う。

 最悪のケースは「既に3ステージか4ステージ」で、「残り半年から1年かも」と覚悟はしている。

 これまでは、最悪のケースの1歩か2歩手前くらいだったから、あの手この手で延命出来たが、今回はどうか。

 

 分岐点ははっきり分かっており、神社の前で写真を撮った時に、当方の周りに4つも5つも幽霊が取り付いていた時だろうと思う。

 あの世からの「召還要請」というわけだ。

 以来、毎回、調べる毎に新しい疾病が見付かっている。

 

 もっとヤバいのは、今は「母が近くにいる」ような気がすることだ。

 「お迎え」の最後には近親者が来るらしいが、それを見た人は皆あの世に行ったから、真実は分からない。

 私は、自分がもし死んだら、母を連れてあちこち見た回ろうと思っている。生前には果たせなかったことだ。

 母は病弱で、旅行には耐えられなかった。

 

 その後は亡者の先頭に立って、あの世を徘徊すると思う。

 昔、私が女で修験者だった頃に、信者を引き連れて山の中を歩き、修行をした記憶がある。その時はせいぜい数百人から1千人くらいを連れていた。

 次は何万と言う規模の亡者たちをリードすることになる気がする。この情景は何百回と夢に観た。

 

 ところで、今では本物の記憶なのか、夢だったのかがよく分からなくなっているが、亡者を実際に見たことがある。

 5歳か6歳くらいの時に、夜中に小便がしたくなることがあったのだが、トイレは家の外で、1階に下り、家を出なくてはならないから、子どもには怖い。

 そこで、極力我慢をして、我慢できない時には、2階の窓を開けて、外に向かって放出した。

 そこは子どもだ。

 家の前は国道だったが、用を済ませた後に、国道の先に目をやると、何百人という人々が歩いて来るのが見えた。

 夜中の2時頃だったから、不審に思い、そのまま眺めていると、先頭が40㍍くらいのところまで来て、電柱の下に入った。灯りの下になり、姿が見える。

 すると、何人かが白い幟を立てていた。

 

 「これって葬式だよな」

 少し前に親戚の葬式があったから、棺桶を担いでお墓に入れる葬列を見たばかりだった。

 ところが、顔かたちが見えるところまで来ると、道を歩いていたのは、恐ろしい姿をした亡者たちだ。

 当初は「百鬼夜行」という覚えたての言葉を思い浮かべたが、あれは確かに亡者の群れだった。

 果たしてあれが現実だったのか、夢だったのかは、今では記憶もおぼろげになっており、はっきりとは分からない。

 

 でも、その後は終始一貫して「亡者の群れ」とは縁がある。

 今だって、少し気を許せば、亡者(幽霊)にべろっと顔を出される。

 死後、かつてのように、亡者を引き連れて修行をするのなら、まったく問題は無い。しかし、この世に繋がる「窓」を開けて、外に出て来る可能性もある。

 その時は、生きている者を何万人も蹂躙して、仲間を増やしにかかるかもしれん。

 「けしてそうはならないでくれ」と心底より願う。

 死ぬことよりも、死んで心根が露になり、「悪心の塊」に変じてしまうほうがよっぽど怖い。