◎夢の話 第751夜 幼馴染が帰って来た
5日の午前3時に観たコメディ夢です。
夏の夜に外に座って涼んでいると、家の前の道を歩いて来る人がいた。
俺の家は田舎だから、8時頃には人通りが無くなる。
「こんな時間に誰だろ」
暗い中を歩く人影が見えるのは、その人が白い服を着ているからだった。
その人影は、隣の家の前まで来ると、家の中に入って行った。
「ただいま」という声がする。
すると、すぐさま「ひゃあ」「きゃあ」という叫び声が響いた。
隣家に住む壮年の夫婦が外に走り出て来た。
夫婦は俺がいるのを認めると、こっちに走り寄って来た。
「ケンジ君。ケンジ君。ヨシコが帰って来た」
え。そんな馬鹿な。
あのほっそりしたシルエットはヨシコちゃんだったのか。
確かにヨシコちゃんは、白いワンピースをよく着てたよな。
でも、絶対にアリエネー話だ。
「だってヨシコちゃんは先月・・・」
死んだんだものな。
葬式があり、俺はそれにもちゃんと出た。
自分たちの娘とはいえ、さすがに隣家夫婦も驚いたらしい。
「ケンジ君。頼むからちょっと見てきて」
ええ?勘弁してくれないかな。あれだけまともに見えているんじゃあ、ヨシコちゃんに疑いは無い。でも、そうなると、その子は・・・。
「でも幽霊ってことになりますよね」
でも、それなら俺の得意分野だから、こうやって隣家夫婦も俺のところに走って来たわけだ。それなら仕方が無い。
「じゃ行って見ましょう」
俺を先頭に、夫婦が後ろに従って、隣の家に入った。
俺の後ろがダンナさんで、その後ろが奥さん。めいめいが前の者の腰にしっかりとしがみついている。
中に入ると、居間の長椅子にヨシコちゃんが座っていた。
「ヨシコちゃん?」
女の子が俺のことを見上げる。
「あ、ケンジ君。ワタシ、何か疲れちゃったあ。お腹も空いた」
生前のヨシコちゃんのままだった。
「君はヨシコちゃんなのか?」
「馬鹿言ってんじゃないの、今更。二十年も隣で暮しているのに」
まるっきりヨシコちゃんだ。
俺の頭はもの凄く混乱して来た。
ここにいるのは紛れも無く幼馴染だし、でもその子は先月死んだから、そうなるとこの子はやっぱり幽霊ということになる。
「ヨシコちゃんは生きていたのか」
「バカ」
ヨシコちゃんが後ろの夫婦に眼を留める。
「お母さん。お腹が空いたよ。何か出してよ」
ここで俺は後ろを向いて、小声で夫婦に伝えた。
「どうやら本当にヨシコちゃんですね。ま、今日からお盆だから、帰って来るのも有りがちな話です。少し様子を見ましょう」
どこが有りがちな話だよ。自分でも変だとは思うが、錯乱しているから、どこか逃げ道を捜したい。
「そうだね。それじゃあ、お前。何か出して上げなさい」
ダンナさんは早速、白旗を揚げ、現状に従うことにしたらしい。理解不能な出来事に面した時には、まずそれを現実として受け入れると楽になるからだ。
「はい」
奥さんが台所に向かう。
返って来るはずの無い幼馴染が帰って来て、最初は話を合わせるのに気を遣ったが、それにもすぐに慣れた。
ヨシコちゃんは生前のままだったし、少し変わったところと言えば、背が少し高くなったくらいだ。
「ま、せいぜい三日だけなんだし、休ませて上げましょうよ」
死人がうろうろと歩いていては世間体に響くが、お盆ならね。
ヨシコちゃんとは兄妹みたいに育って来たし、最近は女性としても意識するようになっていた。
それが急逝したものだから、皆ががっかりしていたのだ。
隣の夫婦はすぐに慣れ、従前の通りに暮し始めた。
変なことは数々あった。
ヨシコちゃんは白いワンピースで帰って来たのだが、いくら着替えさせても、何時の間にかこの服に戻っている。着直しているわけではなく、何時の間にかその服に戻るのだ。
台所に立ち、戻って来た時に服が替わっていたりするのだが、その間五六秒だから、着替えているわけではない。
ここは明らかにこの世の者ではない。
きちんと肉体も存在しており、触感がある。俺は長椅子の隣に座るヨシコちゃんの脚に、つい触ってしまったが、若い女性の脚がちゃんとあった。
この時、ヨシコちゃんは「エッチ」と叫んで、俺をぶった。
こう言うと、生きている人間と変わらないようだが、しかし、ヨシコちゃんには全然違うところもあった。
佇まいがどことなく暗いのだ。
あの世の者はどうしてもそうなってしまうのだが、生気が無く、どこか寒々としている。
心臓が動いていないのだから当たり前だ。
じっと立っていると、薄気味悪く見える時がある。
しかし、三日間はあっと言う間に過ぎた。
ヨシコちゃんは自分が死んだことに気付いていなかったので、俺たちはその話をしないようにして暮した。
今の俺は家に一人で暮していたから、ほとんどこっちの家で過ごした。
父は介護施設にいるし、母は二年前に亡くなっている。
また、さすがにヨシコちゃんは死人だし、ここの夫婦はどちらも臆病な性質だから、傍に居てやろうと思ったのだ。
たぶん、この日の夕方か夜には、ヨシコちゃんは帰ってしまう。
「ま、それが決まりだから、仕方ないですね」
この地域は熱心な仏教徒が多いから、皆がそれで納得した。
夕方になり、食事が済むと、ヨシコちゃんが立ち上がった。
「さてと」
夫婦と俺は「いざその時が来たか」と一緒に立ち上がった。
ヨシコちゃんはきっと「あの世に帰る」と言うに違いない。
別れの言葉を待って、三人はヨシコちゃんを見守った。
「お風呂にでも入ろうかな」
これで三人は一斉にずっこけた。
ヨシコちゃんがシャワーを浴びている間、俺たちは額を寄せて相談した。
「何だか、帰ろうというそぶりも無いですね」
「ずっといるつもりなのかしら」
娘が生前と同じように暮してくれることには異存は無いが、しかし、やはりその娘は死人だった。
考えるべきことが多々あった。
住民票が無いのに、この先どうするのか、とか。
風邪を引いても保険証が無いから、病院にも行けない、とか。
そもそも風邪を引くのかどうか、とか。
ヨシコちゃんはいつも同じ服を着ているが、この先ずっとそうなのか、とか。
やはり普通の人と死人はあれこれと暮し方が替わって来る。
お風呂から上がると、ヨシコちゃんは俺たちの前にやって来た。
「お父さん、お母さん。それとケンジ君。今までどうも有難うね」
ついに来たか。
俺たちは固唾を呑んで、次の言葉を待った。
頭の中にストーリーが渦巻く。
きっと「私はもうこれで帰ります」みたいなことを言うのだろうな。
すると、ヨシコちゃんは高らかにこう言った。
「もう私は先に寝ますから」
ありゃりゃ。この日帰るつもりは無いらしい。
ヨシコちゃんが自分の部屋に去った後、俺たちは再び相談した。
「今晩でお盆は終わりなのに、帰らないようですね」
「どうやらずっとここにいるつもりのようだ」
「これって、良いことなのかしら、ヨシコはもう死んでいるのに」
ま、あれこれ心配しても仕方が無い。ヨシコちゃんはこの家の娘なんだし、その娘がここで暮したいのなら、反対する謂れは無い。
「ま、しばらくは様子を見ましょうか」
俺は一旦、家に帰ることにした。
家に帰ると、玄関のドアの鍵が開いていた。
ま、この辺は夜に鍵を掛けぬくらい安全なところだから、俺自身が掛け忘れて出たのかもしれん。
そう思って中に入ると、居間に父が座っていた。
「あれ。親父はどうやって帰ったの?」
「うん。お母さんが迎えに来てくれた」
お袋は亡くなっているのだが、もはや俺は驚かなくなっている。
すぐにそのお袋が顔を出した。
「今、お味噌汁をつくっているから」
「あ、お帰り」
数日の間、隣で寝起きしていたが、その間に母が帰って来ていたらしい。
それどころか、父を迎えに行っていた。
どうやら、この後はあの世とこの世がクロスオーバーしていくらしい。
「お祖父ちゃんお祖母ちゃんも、そのうち来るってさ」
そっかあ。それなら部屋をひとつ空けないとな。
ここで覚醒。
目覚めてすぐに「一気書き」したので、誤変換があると思います。