◎夢の話 第771夜 俺のいない街角
4日の午前2時に観た夢です。
我に返ると、俺は街角に立っていた。
「俺は何でここに」
ゆっくりと思い出した。
俺は悪霊や魑魅魍魎の仲間になるのが嫌だったから、すぐさま家を逃れ出て来たのだった。
「でもそいつは夢だ。夢の話だ」
しかし、この俺は現実で、こうやって立っている。
人通りの多い街角で、ひっきりなしに俺の周りを人が通り過ぎる。
皆、俺のことを見ずに、真っ直ぐ歩いて来るから、その都度、俺の方がその相手を避けていた。
「何だよ。皆、俺のことが見えないのか。となると、やはり俺は死んでいるわけだな」
話は昨夜から続いていたらしい。
「でも、俺はこの世界では一人ぼっちだな。誰も俺のことを認識できない」
誰もいないところに一人でいるのは平気だが、こんなに人が大勢いるのに、俺を誰もが認識できないというのは、孤立感がつのる。
心が寒々とするわけだが、実際に寒かった。
幽霊が一様に青白い顔をしているのは、実は寒いからなんだな。
いつも寒さに震えている。
人の体の温かさは、心臓が動いているから保たれているのだから、こうやって死んでしまえば血が通わず、冷たいままだ。
「しかし生前の俺のように、幽霊の声を聞き分けられる者がいるかもしれない」
そう考え、道の端に立ち、叫んでみることにした。
「おおい。誰か聞こえるかあ」
周囲には百人を超す人々がいたが、誰も俺に気付かない。
ううむ。どうしよう。
「助けて。助けてくれえ!」
こっちでは、二人ほど立ち止まって首を傾げる者がいた。
人込みの中から、幽かに声が聞こえたので、戸惑っているのだ。
「こういうのは、時々、俺にもあったよな」
ホテルの部屋にいる時、壁越しに「助けて」と叫ぶ声が響き、壁を拳で叩く音が聞こえた。慌てて廊下に出てみると、音が出ている方向に部屋は無く、外の空中から聞こえていた。
駅なら頻繁にある。雑踏の中を歩いていると、周り中から「助けて」「助けてちょうだい」という声が聞こえる。見回しても誰もこっちを向かないから、間違いなく「生きた人間」の声ではない。
俺が極力、電車を使わず、どこに行くにも車に乗るのはそのせいだ。
声を掛けられるだけでなく、時々、その声の主が家まで付いて来たりする。
俺の周りを次々に人が通り過ぎていく。
「こんなことなら、いっそ魑魅魍魎の仲間に入ろうか」
俺はがっくりと項垂れたが、体から力を抜くと同時に「ぶっ」とガスを漏らしてしまった。
死人にしては、大きなおならだ。
すると、その時周りにいた三人ほどが、一斉に俺のほうに顔を向けた。
さっきの音が聞こえたのだ。
三人は互いに顔を見合わせて、微妙な表情を交わしていた。
その中の「誰かがおならをした」と思ったのだろう。
その表情があまりに可笑しかったから、俺は思わず「ハハハハ」と笑った。
ここで覚醒。
テレビの前で寝込んでいたら、隣に家人が座っていた。
家人がダンナのお腹に寄りかかった拍子に、おならが出た模様。
夢の世界の住人たちは、その音に驚いたのだった。