◎三倍の強さ
木曜に病院に行くと、病棟の女性患者が当方のところに来て、あれこれと話し始めた。
患者はおそらく八十台半ばで、認知症が進んでいるから、たぶん、小学生くらいの自意識だ。
話し方ももはや少女のよう。それでも、五年生くらいの位置なので、まだ普通に会話ができる。
「昨日は起きられなくて、家事が全然出来なかったの」
などと、身の回りのことをくどくどと話している。
こういう時の対応はひとつ。きちんと話を聞くことだ。
同じ話を幾度されても、「初めて聞いた」ように、もう一度最初から聞く。それがセオリーだ。
「そりゃ大変でしたねええ」
この言葉は、実際に感じた程度の「三倍くらいの強さ」で言う必要がある。
相手は自身の心を埋めるために来ているので、それが叶うと安心する。
ついでに、こちらのことを信用する。
そう言えば、前回、エレーベーターで一緒になった時に、 「調子はどうか」などと丁寧に接していたのだった。
今は子どもと同じなので、同じ位置に並ぶと、もはや「友だち」だ。
「病院に来た日はキツくて大変でしょ?」
「ええ。本当に」
「もう慣れましたか?慣れてもしんどいのは変わりないけど」
「もう慣れました」
この次もセオリーがある。
「そりゃ、良かったですね。最初はキツいから」
これは二倍くらい。
「ねぎらう」ことと「一緒に喜ぶ」だけで、大体はこちらサイドに立つようになる。
もちろん、言葉を発する時に「心底から思う」ようにしないと、相手に見透かされる。
ちなみに、お世辞を言う時には「おざなり」ではなく、十倍の強さで言う。
程度が弱いと、相手は「コイツ。おべんちゃらを言いやがって。何か魂胆があるのか」と思ってしまう。
ものによって一定の強弱がある。
しかし、ま、対応する側、すなわち当方の側に、既に欲も魂胆も無く、「心がどう動くか」にしか興味が無くなっているからさらっと言えるだけかもしれん。
家人の小学校の生徒の話を聞いていて、「ひとあしらい」にコツがあるような気がしていたが、どうやら二三のものはあるようだ。
ま、心から「良かったね」「おめでとう」と言えるようになるには、少し練習がいる。「心から」なので、相手を騙すわけではない。