





◎快気祝い(507)
「薬を抜くこと」と言われ実行してから、五日が経過したが、実際、体調が良くなって来た。こういう感じのは、それこそ、「ある一瞬を境目に」がらっと変わる。
二十分も椅子に座れぬ状態だったのに、これならどうにかなる。
まずは治癒のお礼のため、参拝することにした。
鳥居を潜る時には、あれこれ思案した。
「この世もあの世もタダのものはない。俺は何を返せばよいのだろうか」
借りをあの世に持って行くと、ロクなことは無いから、今のうちに返すに限る。
ま、「不浄仏をご供養する」とか、「悪者の魂を差し出す」とかだな。
大体、政府は十兆円も「対策」とやらで使うつもりらしいが、何に使うか決めずに金だけ借金するとなると、また適当に政治家の身内に回されるのがオチだ。
そういうのは本当の「悪行」だから、あの世の罰が必要だ。
「もしそんなのに関わったら、そいつは三代もたせずに、子孫を根絶やしにするとかが丁度よい」
政治家なんだから、それくらいの覚悟はしているわけだし、腹は括っているだろ。
手水を使う頃には、頭の中は悪意で一杯になっている。
「公文書を改ざんさせ、家来(遠い部下)を自殺に追い込んだ奴も一族皆殺しだ」
この時には腸が煮え返っている。
ところが、参道を歩く途中で、神楽殿の方向を見ると、神社猫のトラのことを思い出した。
「こんな日差しの強い日には、トラはあそこの日陰で涼んでいたっけな」
思い出が蘇り、そして心を浄化してくれる。
そこから、神殿まで歩く間に、悪意は消えていた。
「ひとを呪って、地獄を見させるのは、俺の務めではないよな」
ま、それも「念」の領域だから、訓練すればソコソコ出来るようになると思うが、そんなことをすれば、自らの行き着く先が無間地獄になってしまう。
神殿では、ただ「状態が快方に向かっている」ことだけを報告し、感謝の言葉を述べた。
念のため、数枚ほど写真を撮影したが、まったく問題なし。
さすが六月だ。
と思って、お気楽に帰宅した。
家に戻ってから、改めて画像を見直すと、隅の方に人影が写っている。
女性が後ろから複数の腕でがんじがらめに捕まっている光景だ。
「遠すぎて、はっきりしないよな」
これだけ小さいと、声も聞こえない。
どれが本物(実在)の人で、どれがそうでないのか、さっぱり分からない。
続けさまに三枚ほど撮影していたのだが、直後の画像では、柱の後ろからブラウスの腕が見えていた。
「そうなると、やはり捕まっている女性だけが実在の人で、あとは幽霊か。それとも単純に気のせいなのか」
若干、入り口で悪意を抱いたから、それが影響したのかもしれん。
だが、もし女性が生身の人間で、他が幽霊なら、かなり由々しい事態だ。
今はあまり良いことが起きていないだろうと思う。
おそらく誰か別の人に恨まれてもいる。
「こういうのは、自身の状態を自覚して、一つひとつ悪縁を剥がしていく必要があるなあ」
それだけでは足りないかも。
「こういう時は、ただの想像や妄想であってくれと願う」
白いブラウスの腕は、「男の人のシャツの袖かもしれん」と思ったりもしたが、その後の画像を見ると、次に来た若者は黒いジャケットを着ていた。
では、あの白シャツの腕の主は何処に消えたのか。
結局、若者一人の他には、参拝客は来なかった。
ただ、もしあの女性が実在の人間で、たまたま次にすれ違うことがあれば、呼び止めて「今の状態がどうなっているか」を告げて上げようと思う。
まずは知ることからで、自ら気付き対処することが重要だ。
もはや差し障りに囲まれている筈だから、恐らくこの人は私のことを「変人」だとは思わないだろう。
もちろん、手を伸ばし救い上げねばならないのは、その女性ではなく、後ろの悪霊の方だ。死者は「自ら気付く」ことがないからだ。
しかし、ま、この季節だし、総てが想像や妄想かもしれぬ。
声が聞ければ判断が付くわけだが、こんなどろどろに取り憑いているヤツが出す言葉なら、どうせ呪詛に決まっている。