日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第799夜 娘と

◎夢の話 第799夜 娘と

 二十七日の午前二時に観た夢です。

 

 夢の中の「俺」は、現実の私とはまったく無縁の人物だ。生れ落ちてから何ひとつ接点のない人生を歩んでいる。年齢は三十台の半ばくらいになる。

 

 別れた女房から、急に連絡が来た。

 「どうしても出掛けなくてはならない用事があるから、明日、明美を一日預かってくれない?もう長く会っていないから、会いたいでしょ」

 「長く会っていない」も何も、自分が会わせなかったくせに。

 相変わらず勝手な言い草だ。

 俺たち元夫婦は二年半前に離婚したが、その頃、娘の明美は二歳半だったから、今は五歳になる。一年前に会ったきり、明美には会っていなかったのだが、離婚後、元妻は別の男と再婚し、そいつの子を産んだ。そっちは男の子らしいが、今は一歳くらいだ。

 「わたしは息子を連れて行くので精一杯なの。だから明美は宜しく面倒を見てね」

 

 この日は土曜日で、「明日」は日曜だった。俺は特に予定が無かったから、娘を預かることにした。

 当日には元妻が住んでいる町の最寄り駅に行き、改札付近で待っていると、妻は三十分遅れてやって来た。ここも昔通りだ。

 「四歳の時から一年経つが、背が高くなったな」

 背は高くなったが、痩せている。

 「じゃあ、夕方まで宜しくね。六時には帰るから」

 元妻は娘の手を握っていたが、それを俺の方に渡して寄こした。

 

 元妻が去った後、俺は娘と向き合ったが、娘は父親のことを見ようとしない。

 ごく小さい時に親たちが別れ、それ以後は数度会っただけだから、馴染みが無いのだろう。俺はそう思った。

 「明美。今日はどこに行きたい?」

 しかし、娘は返事をせず、下を向いている。

 「じゃあ、とりあえず何か食べよう。そこで食べながら考えようか」

 娘の顔を見たら、俺は自分自身の子どもの頃を思い出していた。昔は「デパート」がそこここにあり、そこの上の階にある食堂でパフェを食べさせて貰うのが、俺にとって楽しみのひとつだったからだ。

 「今はデパートは滅多に無いが、駅ビルのレストラン階に何かあるだろ」

 娘の手を引いて、駅ビルに入った。

 歩いているうちに、母の言葉を思い出した。

 母は孫を殊のほか可愛がっていたのだが、息子夫婦が離婚したせいで、その孫に会えなくなってしまった。そこで、息子の俺の顔を見る度に、「明美はどうしているのかねえ」と呟くのだ。

 

 子どもも入れるファミレス風の食堂があったから、俺たち親子はそこに入った。

 「明美は何を食べたい?」

 娘はそれでも黙っていたが、メニューを見る視線はやはり甘いもののところだった。

 「じゃあ、パフェでも食べようか」

 娘がこっくりと頷く。

 パフェが届くと、娘はそれを必死で食べ始めた。「必死で」という言い回しが合うくらい急いで食べている。

 その様子を見て、俺は娘がこういうのを食べ慣れていないことを知った。

 俺は娘に合わせてショートケーキを頼んでいたが、それには手を付けず、娘がパフェを食べ終えるのを待った。「きっとケーキも食べられるに違いない」と思ったからだ。

 冷たいものを重ねて食べさせるわけには行かないが、ケーキなら大丈夫だろう。

 

 結局、俺は娘をふたつ隣の町にある遊園地に連れて行くことにした。

 急に預かったので、大きな遊園地には行けない。そっちはここから百キロ以上、離れているから、それなりの仕度が要るが、幼児は派手な遊具には乗らないだろうから、むしろ、小さい方が楽しめる。列に並ばなくて済むからだ。

 幾つかの乗り物に乗ったが、やはり娘は何も言わない。ただ、父親の手を握っていたのだが、時々、力の強弱が変わったから、おそらく娘は娘なりに楽しんでいたのだろう。

 でも、楽しんでいたのは、娘よりも俺の方だった。

 何せ、娘に会うのは一年ぶりだった。一緒にいて、手をつないでいるだけで楽しい。

 

 所々で普段の暮らしのことを尋ねるのだが、娘は何も答えない。

 時々、頷くか、首を横に振る程度だ。

 ここまで無口だと、さすがに不安になる。

 「どこかに異常があるのか」と思ったりもしたが、しかし、頷いたり振ったりしているのだから、きちんとものを考えられていると思い直した。

 「明美が生まれた時、父さんは母さんちの田舎から東京に帰ったばかりだった。五百キロ以上運転して家に着き、家のドアを開けようとしたら、『もう生まれそうだ』という電話が届いたんだよ。夜中の二時頃だし、電車は無いから、父さんはまた車に乗って引き返した。お祖父ちゃんお祖母ちゃんの田舎に着いた時にはお昼近くだったが、もう明美は生まれていたっけな」

 娘の口数が少ないので、俺は自分が話すことにした。

 娘の赤ん坊の時の話だ。俺はその頃のことしか知らないし、娘は憶えちゃいないだろうから丁度良い。

 

 あまり疲れさせることの無いよう、遊園地は三時で切り上げた。

 そこから、俺は娘を連れて、服を買いに行った。

 成長期の子どもだから、服がすぐに小さくなる。娘が小さくて古びた服を着ているのを見て、新しいのを買ってやろうと思ったのだ。

 そこで何枚か新しい服を買い、そのまま着替えさせた。

 その後で本屋に行き、子供向けの本を買った。おもちゃを買ってやろうかと思ったりもしたが、まだ五歳だから、人形くらいか。

 しかし、「お人形さんを買ってやろうか?」と訊くと、娘は初めて口を開き、「要らない」と答えた。

 娘が言葉を発するまで、ちょうど半日かかったわけだ。

 

 ここで夕方になったので、俺はまた娘をファミレスに連れて行った。

 娘は子ども向けのプレートを、やはりこれも一心に食べた。

 「こういうのは明美はあまり食べないのか?」

 「うん」

 ようやく父親に慣れて来たのか。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 五時を過ぎたので連絡をすると、元妻は「家まで送ってちょうだい」と返事をした。

 言われた通りの場所にタクシーで行くと、目印の前にアパートがあった。

 元妻の部屋の呼び鈴を鳴らす。すると、元妻が「はあい」と返事をした。

 ドアが開き、元妻がスリップ一枚の姿で出て来た。

 電話が繋がった時には、まだ移動中で、今ちょうど帰ったところだったらしい。

 「どうも有り難うね」

 元妻はすぐに娘を中に引き入れる。

 元妻は「ちゃんと約束を守ったでしょうね」と娘を質した。

 娘は「ウン」と返事をして、ちらと俺の方を見た。

 

 ここで俺はようやく理解した。

 娘がほとんど口を利かなかったのは、親に「そうしろ」と命じられていたからだった。

 何だか嫌な気配がする。

 元妻の方に眼を遣ると、左の太腿に何やら青黒い痣が出来ていた。

 俺はそれを見た瞬間、「もしかして注射の痕ではないか」と思った。

 「おい紘子。お前は」

 そう言い掛けると、中から男の声が響いた。

 「早くしろよ!何やってるんだ」

 五十歳前後の男の声だった。

 元妻の再婚相手のことは何も知らなかったが、コイツだったか。

 ま、来客を前にして家族を怒鳴るんじゃあ、ロクなヤツではない。

 

 男は居間で娘を見たらしい。

 「何だあ。またこんな服を買いやがって。贅沢をさせるんじゃない!」

 娘が古くてボロい服を着ていた理由がこれで分かった。前のダンナの子だし、娘は義父にないがしろにされているのだ。

 元妻が慌ててドアを閉めようとする。

 「今日はありがとね。じゃあ、また」

 ばたんと扉が閉まる。

 

 「こりゃ不味い。世間で時々起きている事件と同じ展開だ」

 このまま放置するわけには行かんだろうな。

 とりあえず、今日は帰ることにして、後で色々調べることにするか。

 扉に背中を向け、ひとまずアパートの外に出ることにした。

 そこで階段を降り、出口を出て、数十メートルほど歩いていたのだが、後ろから誰かが走って来る音が聞こえた。

 小さく軽い足音だ。

 振り返ると、そこにいたのは娘の明美だった。

「お父ちゃん。お父ちゃん」

 娘は泣きながら、父親を追い駆けて来たのだ。

 足元を見ると、娘は靴を履いていなかった。

 

 俺は思わず娘のことを抱き上げた。

 「明美。すまん。父さんが悪かった」

 俺の眼から涙がぽろぽろと零れ落ちた。

 ここで覚醒。

 

 急いでメモをしたので、途中のエピソードを書けなかった。

 詳細を書くと半日掛かってしまう。

 この夢の結末はこう。

 

 「俺」は娘を連れてタクシーに乗り、そのまま警察署に向かった。

 娘を抱き上げた時に、シャツがめくれ、娘の背中に手が当たったのだが、その背中が傷だらけだったからだ。自分の子が虐待されていることを知り、そのまま娘を返す父親はいない。

 警察ではついでに「母親が薬物中毒」だとも付け加えた。

 「すぐに行って調べれば、きっと証拠も出るから手柄になるよ」

 子どもを虐待していれば令状が出るのも早い。

 そこまで届ければ、児相をたらい回しにされることは無い。俺は実の父親なんだし、俺の方が引き取ることになる。

 

 目覚めた時には、やはりポロポロと涙を零している。自分自身に関わる夢ではないのに、なぜこんな夢を観るのだろう。