◎タイマーが鳴る
病院でベッドに横たわり、治療が終わるのを待っていたが、タイマーがまったく鳴らない。
「止血は十分間です」と看護師が言っていたのに、十五分経ち二十分に近づいてもチャイムが鳴らない。
担当の看護師がそれに気づき、慌てて走って来た。
「すいません」
機器をチェックすると、「ご免なさい。夜の零時十五分にセットしていました」。
「きちんと訂正した方がいいよ。ほっとくと、真夜中の十二時過ぎにチャイムが鳴ってしまう。ガードマンがさぞ退くだろうな」
若い看護師がケタケタ笑う。
やはり可愛い娘は少しおトクなところがあり、いきなり怒鳴られたりはしないもんだ。
もちろん、その分、同僚看護師に「あの子は何よ」と思われてしまうから、一長一短あることは言うまでもない。やや脱線。
「そういうことが実際にありましたね。夜勤でステーションに詰めていたら、病室のタイマーが鳴ったことがあります。もちろん、セットなどしていません。真夜中に突然鳴ったら、ちょっと驚きますね」
ははあ。病院の怪談の類か。
「あ。そういうのは無いんだよね。病院はこの世で最も幽霊が出難い場所だし」
ここで止めとこうと思ったが、看護師が「そうなんですか?」と訊き返すので、簡単に答えた。
「病院は患者にとって、『けして居たくないところ』だからここに留まったりしない。それに、理屈を考えれば簡単に納得する。タイマーのセットをするのは医者や看護師であって、患者じゃないもの」
病院の中で人が亡くなるし、霊安室みたいな部屋もあるから、負のイメージを持つだけ。
要するに「死ぬのが怖い」気持ちの裏返し。
病院は普通の家の中より、幽霊が出ない場所で、墓地と同じ。
「病院の怪談」はほとんどが想像や妄想だ。もちろん、例外はどういう場合でも存在するが、極めてレア。
三十五年間、病院に勤務した看護師長(男)によると、病院で異変が起きたのは、たった一度だけなそうだ。
深夜、エレベーターが勝手に動いて、「チン」と開いたことがあるらしい。
その感じはレアなケースの場合もある。
「病院にいるのは嫌なので、家に帰りたかった」みたいな状況だ。
突然亡くなると、自身が死んだことをうまく受け止められなかったりする。
「幽霊」はそのまま帰ったらしく、それ以後は一度もないそうだ。
長く入院していると、とにかく家に帰りたくなる。命がどうのではなく、病院には居たくないのだ。ま、わずかひと月の入院生活でも、「死んでもいいから家に帰りたい」と思うようになる。
死んだ後だって同じことだ。
病院はそこに留まっては居たくない場所の筆頭になる。
私は病院の中では、一度もザワザワ感を感じたことが無い。
墓地も同じ(性質は異なるが)。