◎現世復帰(550)
息子が大学に編入することになった。息子は志望校単願で受験勉強をしていたが、安全策を取り、直前で受験校を変更したのが逆に災いして、その安全策に失敗した。
このため、意欲を無くし、「もう大学には行かない」と言い出したのが二年前だ。
少し気を取り直して専門学校に通っていたが、やはりさらに深く専門的な知識を得たくなったらしい。編入試験を受け、大学に移ることになった。
自分で奨学金のつてを探していたが、これも概ね貰えることになったらしい。
貸与でなく支給なら親は助かる。
だが、おそらく「大学院にも行く」と言うだろう。
「となると、まだ死ねんな。軌道修正だ」
長いこと、死ぬ準備をして来たような気がするが、最低でも「あと二年」は立っている必要がありそうだ。
とりあえず、神社やお寺に報告しに行くことにした。
まずはいつもの神社から。
駐車場に車を入れ、歩き始めると、何故か悲しくなった。
「私だけ残し、皆が死んでしまった」
自身の愛する者たちが、先にこの世を去ってしまった。
やりきれない気持ちになる。
だが、数十メートルほど歩いていると、ふと気が付いた。
「あれあれ。これって俺自身の感情ではないぞ」
この数年では、母が死に、盟友のトラも死んだが、私は「独りぼっち」じゃない。
と言うか、「独りぼっち」が宿命のひとつだから、別に平気だ。
「となると、どこかで拾っていたか」
煙玉がさぞ増えていることだろうな。
冬の午後三時半で曇りだから、もはや薄暗い。
こういう日には「あの世」の撮影は困難だ。十分な日光(赤外線)がないと目視が出来ず、カメラにも写らない。
と思っていたら、僅かに煙玉が出ていた。
室内の夫婦のものかとしばし考えさせられたのだが、煙玉は私の周囲に出ている。
「こりゃ俺由来のものだな」
そこで、先程のことを思い出した。
やはりどこかで、迷っている魂を拾ったらしい。
死んだ後に行き場が分からず彷徨っていれば、そりゃ心細い気持ちになるだろう。
ほろほろと涙が零れる。
もちろんのことだが、私自身には、涙をこぼす理由がまったく見当たらない。
「ま、泣き疲れるまで泣けば、先に進めるようになるでしょ」
女の子だな。たぶん、浦和で拾った女子だ。
繰り返し、ご供養をしてあげることにした。
「俺の方は現世に戻らないとな」
最近、リンの除去薬で良いのに切り替えたので、肉魚をソコソコ食べられるようになった。お茶漬けと野菜の煮物ばかり食べているより、やはり元気が出るようだ。
この調子で幽霊がほとんど出なくなってくれれば助かるが、家に戻ると、誰もいない二階でゴトゴトと音がする。
ま、「別にフツー」だ。こんなので驚いてはいられない。