◎夢の話 第956夜 「地球最初の男」
21日の午前四時に観た短い夢です。
夢を観ている。
俺は広い湖の畔で、釣り竿に浮きを付けている。
これからここで魚を釣るのだ。この湖には誰かがブラックバスを放したと見え、すぐにそいつが増え、他の魚を食い荒らしている。バスは割合美味いから、これを釣って駆除すれば一石二鳥だ。
棹を振ると、水面に仕掛けが「パシャン」と落ちた。すると、すぐに反応がある。
「でかい。なんじゃこれ」
糸を引き寄せると、先に巨大なカミツキガメが付いていた。
「うわあ。こいつは面倒臭いことになったな」
ここで俺は「ちょちょい。もう目を覚まそう」と、この夢を途中で切り上げた。
夢の中で「これが夢だと自覚できる」のは、俺の特技のようなものだ。
瞼を開くと、目の前に「俺」がいた。白衣を着たそいつは、俺のことをじっと見ている。
よく見ると、そいつは俺にそっくりだが、俺よりかなり年を取っている。
その「俺もどき」が口を開く。
「少し記憶に異常が出ているな。どんな夢だった?」
俺は先程の夢の内容を伝えた。
「俺もどき」が頷く。
「やっぱりね。そこは『大きなブラックバスを釣って、後ろのコテージで調理する』という流れが正しいんだよ。やはり記憶に歪みが出るらしい」
俺には「俺もどき」が何を言っているのかが分からない。
「それは一体どういうこと?そもそもあんたは誰なんだ。俺にそっくりだけど」
すると「俺もどき」はニッコリ笑って答えた。
「私は君自身だよ。と言うより、君が私のコピーなんだ。君をクローン技術で創り出し、私の記憶を植えているのだが、どうもきっちり正しい記憶が収まらない。そこで今は改良を加えているところなんだ」
話が長いから要約すると、「俺もどき」の説明はこうだった。
博士(「俺もどき」)は「記憶」の研究者だ。脳内の電気信号のネットワークを336時間コピーすると、全人格を別の脳に移し替えることが出来る。それが彼のテーマだ。
もしそれが可能なら、「ある人のクローンを作り、そのクローンにその人の記憶をすべて移し替えれば、肉体だけでなく心もクローン化することが出来る」。それはすなわち、人間が「不死になる」ことと事実上同じことだ。クローンを次々に乗り換えることで、同じ意識が永遠に続くことになるからだ。
「え。それじゃあ、俺がそのクローンなの?でも俺は先生と違う気がするけど」
「肉体も記憶も同一で、同じ感覚を持ち、同じ反応をする。でも人格は別なんだよ。タイムマシンで過去の自分自身に会った時と同じで、同じ自分だが別の人格だから、相手を他人として認識する。一卵性の双子は持って生まれたものは同じだが、やはり別人格だろ」
「なるほどね。それじゃあ、俺は先生のコピーではなく、別人格の先生自身というわけだ」
「そう。さすが私だ。理解が早い。残っている問題は、如何に記憶を正確に移し替えるか、ということだけだね」
「それで夢を観察しているわけだ」
「そう。夢にはその人の本心が反映される。君は私と同じ記憶を持つから、脳内の電磁パルスの信号を私のものと比較することで解読できる。どんな夢を観ているかも分かるのだが、一応、言葉で確かめることにしている」
ここで「俺もどき」の博士が、俺にもう一度横になるよう促した。
「さて、先程エラーが出た箇所を修正するから、もう一度横になって。記憶信号を調整したら、もう一度夢を観て貰う」
「その前に、先生と俺の名前を教えてくれませんか。先生の記憶がある筈なのに、何故か思い出せないのです」
「はは。そりゃ、君が寝起きの状態だからだよ。この場合は頭が覚醒し私と同じように働くようになるまで三か月はかかる。ちなみに君の名はサブローだよ。私はコウスケ」
「名字は?」
「君も私と同じでいいよね。私の名字はキタジマだよ」
夢を観ている。
俺は湖の畔で釣り針に餌を付け、棹を強く振った。
針が水面に落ちると、すぐに魚が食いついて来た。
「スゴイ。でかい魚だ」
すぐに糸を引く。すると、水面に現れたのは、でかいイルカだった。
「おお。イルカがいたのか。可哀想に。針が口に刺さってさぞ痛かろう」
俺は岸にイルカを呼び寄せ、「今、針を外してやるからな」と声を掛けた。
すると、イルカは俺の言葉が分かるかのように、俺の足元まで近寄って来た。
そこで俺は、後ろに隠し持っていた棍棒で殴り、そのイルカの頭をぐしゃりと潰した。
「ちょちょい。ちょっと待って」
ここで俺は慌てて目覚めた。
「キタジマ博士。さっきより酷くなっていますよ。バスどころかイルカを釣っちまった。しかも・・・」
「ああ知ってる。じゃあ、さらに調整しよう」
夢を観始める。
俺は帆船に乗り、大海原を航海している。
三時間ほど休憩が貰えたので、俺は釣りをすることにした。
この辺ではカジキが釣れるから、太い針と糸を海に放った。
すると、すぐに何かに引っ掛かった。
慌てて棹を上げ、それを引き上げると・・・。
俺が釣ったのは人魚だった。
上半身は金髪の美女、下半身は魚だ。俺の投じた針はその人魚の尾びれに刺さっていた。
美女は悲しげな眼で俺を見ている。
「可哀想に。それじゃあ、さぞ痛かろう。今外してやるからな」
人魚は俺の言葉を解するようにじっとしている。
俺は人魚に近寄り、尾びれの針に手を掛けた。
人魚の体からは、何だかいい匂いが漂っている。俺は「きっと魚臭い」と予想したのだが、少し違うようだ。
ここで俺は人魚に関わる伝説を思い出した。
「ご免な。痛い思いをさせて」
人魚にそう声を掛けると、俺は後ろに隠し持った棍棒で人魚の頭を殴った。
「人魚の肉を食べると不老不死になる。まず少し俺が食って、あとは切り分けて売れば俺は大金持ちだ」
「起きて起きて」
俺は体を軽く叩かれ、目を覚ました。
キタジマ博士が俺のことを揺すり起こしたのだ。
「おかしいな。どうしてもうまく調整できない」
博士が不満そうに呟く。
「何が悪いんですか?」
上手く行かぬのは俺のせいもあるかもしれんと思い、俺は博士を気遣った。
「記憶信号にエラーが生じているか、私の人格の奥底にそういう気質があるか。あるいは君のクローン化に失敗しているのかもしれないね。何せ君はこれまでに例のない人を丸ごと写した存在だ。君は『地球で最初の男』なんだよ」
博士は深く考え込む。
この時、俺は俺で別のことを考えていた。
「先生によれば、俺はサブローだ。すなわち、俺の前にタロー、ジローか、イチロー、ジローの二人が居たことになる。でもここにはその二人は見当たらない。二人はどうなったんだろ」
俺は博士の気質を受け継ぎ、妄想癖があるから、ここで妄想の世界に入った。
「俺は生と死を超越する存在だ。肉体の死は人間にとって必然だが、幾度の死を乗り越えて、存在し続けるのが俺だ。不老不死を体現しているのが俺なのだ」
俺はここで研究室の中を見回した。
「俺が先生だとして、俺の作った作品が不良品なら、創造主の俺はどうするだろう」
答えはすぐに出た。
「棍棒でそいつの頭を殴って、調理して食う。その一手だな。だから夢の中ではそれが人魚になったんだ。そしてまた別の俺、いや先生を作り直す」
俺と博士の心の奥底には「サイコパス」がいるってことだ。
その時、キタジマ博士はPCを観ていたのだが、ここで俺の方を振り返った。
「解決法が分かったよ」
博士の右手は後ろの方に回っている。きっと「何か」を隠し持っているのだ。
ここで覚醒。
どことなくリチャード・マシスンっぽい内容だ。
表題はマシスンのデビュー作にして傑作のひとつ『地球最後の男』をもじったもの。
ちなみに同作は1954年の作品だが64年、71年、07年に映画化された。
原題が『アイ・アム・リジェンド』で、リメイクされる度に悪くなって行く。
64年の映画はすごく怖いが、この流れがロメロの『ナイト・オブ・リビングデッド』に繋がる。