日刊早坂ノボル新聞

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◎(三途の川便り586)  今年も夏が来た

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令和三年六月二十四日撮影

(三途の川便り586)  今年も夏が来た

 前々から、ある看護師に「(あの世が実在することが)分かるものを見せて」と言われていたので、幾らか写真を出力し持参した。

 「死人を見慣れているだろうから、ソコソコ大丈夫だ」と思ったので十段階に区分して4くらいのものも入れて置いた。

 ウェブで公開できるのは「3」くらいまでだが、それを少し超えるくらいのものだ。

 だが、「これはちょっと気持ち悪いかもしれんが」と断った上で見せると、看護師はダダアッと退いていた。

 ま、そりゃそうだ。最初は私も同じだった。

 

 「何か悪いことが起きたりしませんか」

 「ああ。無いです無いです。これはこの写真の人に関わっているヤツなので、他の人は関係ありません」

 自分に関わろうとする者も居るが、その場合はすぐに祓えばよいわけで。

 「簡単なんですか?」

 「簡単ですが、それが簡単だと分かるまで二十年はかかったと思う。知り合いなら私が教えるから問題ないけれど、大体は必要ないです」

 こちらが平然と答えるので、拍子抜けした模様。

 「憑依」とか「祟り」とか、ホラー好きが言うような恐怖を期待していたわけだ。

 残念だが、そんなのは実態とはまるで違う。

 幽霊だって元は人なんだし、普通の人と同じように対応すれば良いだけ。

 見ず知らずの者に対し、いきなり念仏や祝詞を唱え、「悪霊退散」と叫ぶ人はいない(笑)。

 

 ここで、そう言えば、最近、「三㍍後ろを誰かがついてくる」感触があることを思い出し、しばらくぶりに神社に参拝することにした。

 しかし、この時期は、写真には写らず、声も聴こえぬから、ただの気休めだ。

 神社に行くと、茅の輪が架かっていた。

 これで「ああ、本格的に夏が来たんだな」と感じる。

 まだ私も生きてら。

 

 カメラを構え、ガラスに映る自身の姿を撮影したが、やはり何もない。ものは考えようで、「雑事に煩わされずに済む」と言えるが、「対策が立てられない」とも考えられる。

 ただ、この日は一度だけファインダの中に女の姿を見た。

 「やっぱり実際に後ろをついて来ていたか」

 もはや「気のせい」や「思い込み」だけで終わることが、ほとんど無くなった。

 そのまま撮影し、すぐに開いてみたが、画像の方は朧気ではっきり分からない。

 これもよくある。目視できる場合は、写真には逆に写り難かったりする。

 「気のせいだったか」と呟くと、その途端にカメラがフリーズした。ひと晩充電してあったから、放電現象ではないなあ。

 故障かもしれんし、「何か」の影響かもしれん。

 いずれにせよ、家に戻りお焼香をすると、程なく動くようになる。

 作動するなら問題なし。

 

 実際、お線香の二本目で元通りに戻った。「ビーッ」と音がして、電源が切れると、「ふうん」ととりあえず納得する。

 理由は分からんが、「直る」か「鎮まる」かすれば、それでよい。細かい説明や理由付けは要らない。

 

 ところで鮮明ではないが、私の肩の後ろと右下のは同じ女だと思う。

 いつも台所にいる時に、カウンターの陰に立っているのを見ているわけだが、もちろん、そんなのは当事者だけが分かる話だ。

 

 マスクではない白い影は煙玉だ。大体、いつも写る。

 

 「私の腕が半ばほどで細くなっているのは、後ろの女に掴まれているせいで」と書いていると、今度はPCがフリーズした。

 立ち上げ直したが、また同じところでフリーズする。

 もう一度立ち上げ直し、今度は別途、ワープロで打っておき、それを貼り付けることにした。

 これも何かのマシントラブルかもしれんし、「何か」が「そっとしといてくれ」と伝えているのかもしれん。毎度、「ご神刀で切り捨てる必要があるかも」で止まると、考えさせられる。

 いつも思うことだが、自動車を組み立てられずとも、運転することは出来る。構造や理由を理解出来なくとも、現状の改善に役立てられればそれでよい。

 多くの人は幽霊について「事故が起きるから、車は恐ろしいもの」みたいな考え方で位置づけるが、それは物事のごく一面に過ぎない。(ここは例え話だ。)

 正しい考え方は、「事故を起こさぬように、注意深く運転すべき」ということだ。

 「車に一切乗ってはいけないと戒める」とか、「事故の起こりそうな場所を訪れ、恐ろしいと叫ぶ」ことほど愚かなことはない。殆どの人はこういう思考に陥っているし、さらにはそういう考え方を好んでいる。怖い話が好きなので、「別に何でもないですよ」と答えると、つまらなそうな顔をする。

 だが、あの世も車と同じこと。あるがままに受け入れ、上手に付き合えば良いだけの話だ。

 

 追記)幽霊が肩に乗っても、殆どの場合、「心に働き掛ける」だけだ。怒りや悲しみを増幅するだけだから、本人が気を確かに持てば何も起きない。

 恐怖心に囚われたり、挑発するから、相手(幽霊)も過激に反応するようになる。

 「ちょっと前を通りますよ。失礼します」

 「お付き合い(または、お助けすること)は私にはできません」

 原則、人にするように、丁寧に接すればよい。