日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第968夜 空中浮揚

◎夢の話 第968夜 空中浮揚

 七日の午前四時に観た夢です。

 

 我に返ると、「俺」はバイクに乗っていた。

 盛んにバイクに乗っていた頃だから、たぶん、「俺」は二十三歳から二十六歳くらいだろう。

 そのまま山間の道を走っていると、左手にサービスエリアのような施設が見えて来た。

 いや、ここは一般道だから、サービスエリアではなく道の駅だ。

 バイクを駐車場に入れる。

 

 「最近、ここによく来るなあ」

 毎日のように来ている気がする。

(目覚めた後に気付いたが、今は毎日、この場所の夢を観ている。)

 百台くらい入る駐車場の周りに、様々な店が並んでいる。右手には立ち食い蕎麦屋があり、牛すき丼屋があり、産直の八百屋がある。左側には土産物屋が数件並んでいた。

 「こんな山の中なのに、果たして客は来るのか?」

 だが、そんな考えは無用だった。観光スポットに近いのか、割合沢山の車が入っている。

 観光バスの休憩所にもなっているようで、時々、バスも出入りしていた。

 

 とりあえず中を見て回り、その中で美味そうなものがあったら、それを夕食にすることにした。

 だが、どの店を覗いても、どうやら片づけを始めている模様だ。

 時計を見ると、午後四時五十分。ここは五時で終わるらしい。

 この辺は田舎のさらに山の中の施設だ。九時に始まり、五時に終わる。

 

 「そう言えば、前回も食い損ねたんだったな」

 つい数日前にもこの地を訪れたが、その時はシャッターが下りた後だった。

 田舎じゃあ、例え高速のサービスエリアだって、夕方七時には店を閉める。

 ついさっきまで、沢山いた車も今はもう数台しか残っていなかった。

 山の日没は早いから、あっという間に薄暗くなった。

 

 「仕方ない。どこか町の方に行こう」

 街中華でも探して、そこで飯を食べよう。

 そう考えて、バイクに向かうと、あろうことか鍵が無くなっていた。

 ポケットに入れていた筈だが、どこかで落としたらしい。

 駐車場から店に行く時に、横着して、道ではなく芝生の上を横断したから、鍵の落ちる音が聞こえなかったらしい。

 もはや暗くなっているし、これから鍵を探せるかどうか。

 スペアキーを持っていたが、サドルの下に入れていた。鍵を取り出そうと言うのに、鍵が無くては開けられない。

 

 途方に暮れて佇んでいると、背後から声を掛ける者がいた。

 「どうしたの?」

 振り返ると、五十台後半らしき男が立っていた。

 「いや。見物している間に鍵を落としたみたいで」

 「もう暗いから探すのは大変でしょ。今日はどこかに泊まり、明日朝一番で場内を探すと良い。案内所に届けられているかもしれないしね」

 「でも、ここには泊まるところが・・・」

 男が頷く。

 「ああ。大丈夫だよ。ここの横には下に降りる道があるから、それを下ると、下には一応、町らしきものがある。民宿もあるからそこに泊まればいい。大体はいつもがらがらだからきっと泊まれる。もちろん、激安だよ」

 「そうなんですか。じゃあ、下に行ってみます」

 「私もこれから降りるところだから、町まで連れて行ってあげる。大体、四五百㍍くらいだね」

 「すいません。宜しくお願いします」

 

 それから男の後ろを歩き、坂道を下った。

 上の道路と道の駅からは想像できぬのだが、下には小さな町が存在していた。

 きっと住民は七八百人といったところか。

 すぐに町の中央部に着いたが、役場と十軒ほどの商店街があり、街中華も一軒あった。

 「工事の人が来るから、この店は八時までは開いているね。民宿は素泊まりだろうから、後で来ると良い」

 その百㍍先に、男が言っていた民宿がある。

 「知り合いだから、訊いてあげる」

 俺は恐縮して、「どうもあ有難うございます」と頭を下げた。

 男が一人で民宿に入って行ったが、すぐに戻って来た。

 「やはり部屋はあるってさ。でも、この時間に入るから食事が出来ない。これは構わんでしょ?」

 「ええ。勿論です。どうも有難うございました」

 

 ここで俺は男に丁寧にお辞儀をして、民宿に入ろうとした。

 すると、またもや後ろから声を掛けられた。

 「ところで君は学生さん?」

 「ええ。院の方ですが」

 「理系?文系?」

 「文系です」

 男は少しがっかりした素振りを見せた。

 「文系じゃあ、自然科学には興味がない?地球とか、宇宙とか」

 「もちろん、ありますよ」

 すると男がほんの少し嬉しそうな表情を覗かせた。

 「実は私は凸凹大学の教授です。これから私はかなり面白い実験をしに行くから、もし興味があれば見せてあげる。荷物を部屋に置いて、私について来れば?」

 「え。どんな実験なんですか?」

 「重力だよ。地球の重力はどこでも一律一定なわけでは無くて、所々にむらがある。地磁気の方にも場所により大きな偏りがある。重力と地磁気の偏りが重なると、渦のような空間が出来るんだ」

 「すると何が起きるんですか?」

 「少しく重力から解放される。もちろん、TPOはあるけれど、空中に浮くことも出来るんだ。この地のある地点にそれが出来ることが分かったから、私は頻繁にこの地を訪れ、実験を繰り返している」

 「宙に浮く?まさか空中浮揚ってヤツですか」

 「君は今、あの宗教団体の座禅でピョンピョンは寝る姿を思い出したろうが、そういうんじゃないよ。慣れている者は二十㍍くらい空中に上がれるからね」

 「二十メートル」

 それなら話は別だ。重力場、磁場のうねりを利用して、「二十㍍の空中に浮かぶ」って話なら、仮にイカサマでも面白い。

 こんな話なら、誰でもとりあえず見に行く。

 やっぱり俺も教授に従い、実験を見物させて貰うことにした。

 

 教授と一緒に向かったのは、町外れの電柱の下だった。

 田舎町だから、道を通る人も車もない。

 だが、そこには白衣を着た研究者たちが十数人は集まっている。

 半分は学生で、他は職業研究者のよう。

 そこに混じると、先に教授が皆に俺を紹介した。

 「この権田山君は、社会学の大学院生で、今日はこの実験を見に来てくれた」

 「おお」「へえ」とやや大仰な反応がある。

 あれあれ。この独特の雰囲気は、前にも経験がある。確か宗教団体だな。

 それがどこだったかを思い出そうとしたが、思い出す前に実験が始まっていた。

 

 「皆さんが熟知しているように、この世界に一定不変のものはない。必ずどこかに紛れがありむらがある。宇宙の摂理でさえ、局所的には歪んでいるところがある。今からそれを体験してみよう」

 教授が手招きをして、女子学生を呼び寄せる。

 「まずは君が権田山君に見せてやりたまえ」

 よく見ると、電柱の下の地面に石灰でバツ印が記してある。

 女子学生がその上に立ち、目を瞑った。

 「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」

 ありゃりゃ。これってサンスクリット語真言じゃねーか。

 と思う間もなく、女子学生がゆっくりと上に上がり始めた。

 周囲から「おお」と声が上がる。

 俺も思わず「マジか」と声に出して言った。

 

 女子学生は毎秒二十センチくらいの速さで、空中に昇って行く。

 見る見るうちに、夜空に消えて行こうとした。

 「こりゃマジで空中浮揚だ。筋肉を使ってジャンプするような代物じゃない」

 女子の姿がすっかり見えなくなったところで、教授が上に向かって声を掛けた。

 「その辺でいいよ。戻って来て」

 すると、上に上がる時と同じスピードで女子学生が戻って来た。

 次に教授は俺の方を向いた。

 「じゃあ、権田山君。君もやってみて」

 「え。俺はやり方を知りませんよ」

 「教えてあげるから大丈夫。もちろん、安全だからね」

 

 こんな面白い話は無いから、俺はすぐにバツ印の上に立った。

 だが、さっきの女子の唱えていた真言を俺は知らない。

 でも、きっと集中力を増すためだろうだから、これは何でもよい筈だ。真言自体には何の力も無いからな。力を生むのはひとの心であって、言葉ではない。

 「ぎゃあてい・ぎゃあてい・はらぎゃあてい・・・」

 見よう見真似でやったが、やはりピクリとも動かない。その姿が可笑しかったようで、周囲が皆声を出して笑った。

 そこで教授が俺に言った。

 「動かないでしょ。これにはコツがあるんですよ」

 「どうすれば?」

 「人間の心はエネルギーを持っている。とりわけ、意思には物理的なエネルギー、すなわち力を生じさせる性質があるんだよ。従って、意思を強くすれば、色んなことが出来る。簡単に表現すれば念力というやつだ。だが、今はその意思ではなく、脳のガンマ波を利用する。例えて言えば、念力が内から発する力だとすると、これは背中を押す力だ」

 「具体的にはどうするんですか?」

 「まずはエレベーターで上の階に向かっている自分自身をイメージすることだね。さっきの彼女は小鳥になっていた。だからあんなに高く上がることが出来た。でも、慣れぬ権田山君が小鳥をイメージしたら、空高く飛び上がってしまう。で、この磁場を踏み出てしまう。だが、ここを少しでも出たら、真っ逆さまに落ちてしまうんだよ」

 ここで俺はハッと気が付いた。

 「最近、日本のあちこちで不審死が相次いでいます。周りに高所が無い場所なのに、何故か墜落死としか思えぬような死に方をしている。あれは・・・」

 「そう。私らとは別グループが同じ実験をしているわけ」

 

 とりあえずやってみよう。何事も実証が基本だ。

 「かんじーざいぼーさつ・・・」

 俺はいつも使っている大学の研究棟のエレベーターを思い浮かべた。

 最上階のボタンを押し、ゆっくりとエレベーターが動き始めるさまを思い描く。

 すると、すぐに「おお」「出来てる」と声が上がった。

 次の瞬間、俺は地上から五十㌢のところにふわふわと浮いていた。

 教授が呟くように言う。

 「スゴイね。初めてでここまで出来る者はそうそういない。集中力が高いのと、普段から想像や妄想を働かせることが多いのだな。この子は我々の強力なメンバーになれる」

 

 だが、俺の方は空中浮揚の楽しさに取りつかれていた。

 「こりゃ面白いや。一体、どこまで上がれるんだろ」

 思い立ったら、やらずには居れない。元々、そういう性分だ。

 俺はすぐさまイメージを切り替え、自分がロケットになり、宇宙に飛び出して行くさまを思い描いた。

 発射され、あっという間に成層圏近くに達する様子だ。

 すると、俺はそのイメージの通りに「しゅん」と音を立てて、空に飛び上がった。

 瞬く間に雲の合間を通り抜け、空高く昇って行く。

 

 だが、快感を感じていられたのも束の間だった。

 すぐさま息が苦しくなり、体が凍えて来た。

 「ありゃりゃ。ちと上り過ぎたか。このまま成層圏を出たら、窒息死してしまう」

 その瞬間、風が吹いて来て、俺の体を吹き飛ばした。

 それと同時に、俺は急速に落下をし始めた。

 「そう言えば、教授は磁場を離れると浮揚できなくなると言っていたな」

 それなら、俺は地表に激突死することになるのか。

 

 「まさかここで死ぬことになるとは思わなかったが、俺は好奇心には勝てない性分だからな」 

 これも運命だ。

 では、死んでから迷わぬように、お経でも唱えよう。

 「かんじーざいぼーさつ・・・」

 それに加えて、駄目元でさっきと同じようにイメージを思い描いた。

 自分がスーパーマンになり、地上にスタッと降り立つ妄想だ。

 そして、見る見るうちに地上が迫り、地面がすぐ目の前に迫って来る。

 「ああ。これでお陀仏だ」

 そう思った瞬間、俺は地面の上に、まさに「スタッと」降り立った。

 「ありゃりゃ。無事に降りてら。一体どうなっているの?」

 ここに教授たちが駆け寄って来る。

 「スゴイね。権田山君。まさか空中でもう一つのポイントを悟り、こっちに降りるとは。君はある種の感覚を持っている」

 

 もちろん、俺が「探し当てた」わけじゃない。

 俺は落下する時に、「たまたま」磁場ポイントの上に落ちて来ただけなのだった。

 ここで覚醒。

 

 夢ではこれと別パターンの展開も同時に思い描いていた。

 そっちは、「やっぱりこいつらも新興宗教の団体で、悪魔の手先だった」という筋だ。

 「俺」が赤外線ライトを照らすと、教授らの後ろにはゾロゾロ悪霊の類が群がっていた。

 

 ところで、最初の「道の駅」には、今は毎日のように訪れている。物を食べずにいるわけだが、これはこのまま食べずにいた方が良さそうだ。うっかり物を口にすると、そのまま戻って来られなくなる場合がある(夢ではないということ)。