日刊早坂ノボル新聞

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◎「怪談」 第十話 岬の家

◎「怪談」 第十話 岬の家

「怪談」は「夢の話」や様々な人の体験談を元に、「本当にあった、みたいな作り話」を再構成したものです。

 

第十話 岬の家

 前田キャリーは外国籍の女性だ(二十五歳)。日本人と結婚し、日本国内に住んでいる。

 日本で暮らすようになり、まだ四年目だが、だいぶ慣れて来た。

 高校生の時の同級生七人も日本で暮らしている。その仲間とは、普段、SNSでやり取りしているのだが、「一度、同級生仲間で旅行に行こう」という話になった。

 そこで、一泊二日の間だが、皆で観光に出掛けることにした。

 そこは海の近くで、断崖があることで有名な景勝地だ。「きれいな場所」だということは聞いていたが、外国籍なので、それ以外の知識はない。

 

 宿泊先は岬の先にある古い旅館だった。

 四五十年は経っている。改装もしてあるから、もっと古いのかも知れぬ。戦後まもなくか、あるいは戦前に建てられた建物だ。

 大部屋に七人で泊まることになり、その夜は深夜まで高校生時代の思い出を語り合った。

 深夜になり、皆が寝静まったが、キャリーは眠れずに起きていた。

 何だか胸騒ぎがするし、頭が冴える。

 布団の中で目を瞑っていたが、ようやくうとうとと意識が薄れてきた時に、微かな物音が響いた。

 畳の上をすりすりと誰かが歩く足音だった。

 その音でキャリーは再び目覚めた。

 「誰かがトイレにでも行こうとしているのかしら」

 何気なく瞼を開き、音のした方に目を遣った。

 すると、部屋の入口のところに「誰か」が立っていた。

 黒い影なのだが、それが年老いた女だということが分かる。

 「何故この部屋に?」

 見知らぬ老婆が部屋にいる。そしてその影は尋常ならぬほど薄気味悪かった。

 

 老婆は入り口近くから、順々に寝ている仲間の顔を覗き込んでいた。

 その様子が何とも怖い。

 キャリーは一番奥にいたのだが、いずれ自分のところにも老婆はやって来る筈だ。

 息を止めて見守る。

 周囲の仲間に目を向けると、大半の者が眠っていたが、一人だけ目覚めている者がいた。

 ブレンダだ。ブレンダは昔から「霊感がある」と同級生の間で評判だった。

 そのブレンダはキャリーが起きているのを知ると、唇に指を当てて、「静かにしていて」というサインを送って来た。

 そこで、キャリーは目を固く閉じ、眠っているふりをした。

 老婆は一人ずつ顔を覗き込んでは、次の者に移る。老婆が足を止めると、覗き込まれている者が小さく呻き声を漏らした。

 すりすりと足音が響き、次第にキャリーの許に近づいて来る。

 そして、老婆は枕元に立つと、真上からキャリーの顔を覗き込んだ。

 キャリ-は目を瞑っていたから、その老婆のことは見えぬのだが、すぐ近くに顔が来ていることを気配で感じた。

 緊張して身を固くすると、老婆はキャリーが本当は目覚めていることを悟ったのか、何事かを語り始めた。

 「私は四十年前の地震で死んだ者だ。これはけして気のせいではないぞよ」

 キャリーの体中の毛が総毛立った。

 

 それからどれくらいの時間が経ったのか、よく分からない。恐怖で打ち震えていたからだが、ほんの一二分だったような気もするし、三十分くらい続いた気もする。

 ふと気が付くと、いつの間にか老婆が去っていた。

 キャリーが体を起こし、枕元のスイッチで部屋の灯りを点けると、ブレンダも起き上がっていた。

 キャリーがブレンダに「あれは何だったの?」と訊くと、ブレンダは「海から上がって来た幽霊だよ」と答えた。

 突然の災難が理由で亡くなったのだが、死ぬまでに少し時間があったので、この世に無念の気持ちを残したのだ。

 ブレンダはさらに付け加えた。

 「私には別のことも言ったよ。あのお婆さんは『これが気の迷いでないという証を見せるからな』と言ってた」

 「あかし?証って何のこと」

 「さあ何のことか分からないけど」

 

 だが、翌朝になると、その言葉の意味が分かった。

 キャリーたちが旅館を出ようとすると、玄関口で犬が死んでいたのだ。

 犬の血が周囲の地面に飛び散っている。旅館の玄関にもまるで塗りたくったように血飛沫が付いていた。

 犬はたった今死んだようで、まだひくひくと動いていた。

 はい、どんとはれ。

 

 この話は、割合あっさりとした話だが、それもその筈で、実際にあった話だ。

 「実話を基にしたストーリー」ではなく、「実話そのもの」だ。

 (犬が死んでいた件まで実際に起きた。)

 変えてあるのは名前だけになる。

 

 その後、この件について調べたが、老婆は1948年のF大地震の時に亡くなったようだ。もちろん、キャリーたちは外国籍だから、そこで地震があったことなどは知らない。

 

追記)この話を家人から聞いた時に、私は戦慄した。

 私自身、似たような経験があったからだ。

 ある岬の先に食堂があったのでそこに入った。元は「眺望レストラン」で岬の側は全面ガラス張りだ。見晴らしがよい。

 だが、既に夕方だったし、雨も降っていた。

 急いで中に入ると、何とも言えず「気色悪い」思いがする。

 落ち着いて座っていられない。

 妻子が一緒だったが、息子が理由なく泣きわめいて身をよじる。

 仕方なく、岬と反対側に出て、息子をあやしたが、食堂を出ると息子は泣き止む。

 中に戻ろうとすると、また泣くので、家人が食事を終えた後に交代した。

 私一人が席に戻り、自分の食事を摂ろうとすると、突然、稲光が光った。

 すると一瞬、ガラス窓全体に数十もの顔が浮かんだ。

 ほんの一瞬の出来事だが、すぐ間近で見たので、見誤りではない。

 すぐにそこを出ようとしたが、出口で声が聞こえた。

 「これはけして気のせいではないぞよ」

 

 この「ぞよ」という言い回しが、この話とそっくりだった。

 何となく「このまま返してはくれぬだろうな」と思ったのだが、すぐに事件が起きた。

 車を発進させて五十㍍も行かぬうちに、対向車のダンプの前に犬が飛び出したのだ。

 犬は跳ね飛ばされ、こちらの側の車線に転がった。

 声を聞いたばかりだったので、とても偶然の出来事だったとは思えない。

 この時の「ぞよ」というフレーズと、「犬が死んでいる」というくだりが似ていたから、背筋が寒くなる思いがした。