◎夢の話 第986夜 穴
十五日の午前四時に観た夢です。
我に返ると、家の居間の床に寝そべっていた。
「あれ。眠り込んでいたのか」
体を起こす。
「皆はどうしたんだろ」
外が明るいのに、家族の姿は無し。
周囲を見回すと、何だかいつもと様子が違う。
「随分、古びているなあ」
これじゃあ、築五六十年は経っていそうだ。
とりあえず起き上がり、二階の自室に行くことにした。
階段を上がり、左手のドアを開くと、俺のPCや書籍棚がすっかり消えていた。
まるで空き部屋だ。
廊下に戻り、妻の部屋に向かうと、やはりそこも同じだった。
古びた、家具の何もない空間になっている。
さすがにここで俺は気付いた。
「はっはあん。これは夢だ。俺は今、夢を観ているのだ」
俺の特技は「目覚めた時に、それまで観ていた夢の内容を逐一記憶している」ことと、「夢の中の自分を第三者的に眺められる」ことだった。
夢の中で主体的に活動する自分と、それを眺める自分の両方がいるから、目が覚めても夢の中身を記憶出来ているわけだ。
「となると、これは自分の家で、俺はその中にいるから、体の状態に関する夢だということだ。なるほど、俺はもう中高年で古びているし、あちこちガタが来ている。健康状態そのものを指しているじゃないか」
俺の夢判断などテキト-だが、ま、そんな感じだろ。
そこで、もう一度居間に戻ることにした。
あそこがこの夢の原点だから、俺の心の何を見ようとしていたのかが分かるかもしれん。
トントンと階段を下り、居間のドアを開いた。
「わ。何だこれ」
扉の向こう、居間の中央には、丸く大きな煙の玉が出来ていた。
煙は「箱型の発射装置」から押し出されたような大きな塊で、直径が一㍍半はありそうだ。
「ここに気圧の変化は無いから、蒸気玉ではなく煙玉だな」
目視でこれがはっきり見えるケースは滅多に無いぞ。
こういう時には、つい畏れのような気持ちよりも探究心の方が勝ってしまう。
数歩近づいて、煙の表面を間近に眺めた。
煙玉はまさに煙で出来ていた。煙草の煙を吐き出した時の、あの白い煙の流れが渦巻いている。
「コイツはすっかり実体化しているから、あの世との接点が生まれている筈だな」
普通の煙玉は「ただ光と湿気、空気圧の変化に対応して出ている」だけだが、こういう風に求心力を持って渦巻いているヤツは、そこに「あの世との接点が生じている」場合がある。
このため、煙の中に人の顔が浮かんできたりする。
直接触ったりするのは、さすがに憚られるから、数十㌢の間合いで煙玉を見た。
すると、数分もしないうちに、煙の玉の動きが激しくなった。
内部に渦巻く煙がぎゅるぎゅると激しく動くようになったのだ。
「おお。また変化するぞ」
煙玉の表面は、まるで渦潮のように渦巻き、中心に収束されて行く。
核みたいなものがあるようだ。
そして、その核に向かって煙が集まり、サイズがソフトボールの球程に地位開くなったかと思うと、また「ボン」と音を立てて、大きくなった。
だが、今度は先ほどまでとは違い、黒い玉だった。
「スゲー。黒玉は画像の中でしか見たことがなかったが、こんな風に出来るのか」
やはり、好奇心には勝てず、その黒い玉ににじり寄る。
だが、俺の認識は間違いだった。
今度のは「黒い玉」ではなく、「暗い穴」だった。
丸いかたちをしているが、「球」ではなく「穴」だった。
「宇宙にはブラックホールというのがあるが、これはまさにそれと同じだ。この世に出来る霊的な意味でのブラックホールなのかもしれん」
俺は思わず右手を差し出し、その穴に近付けた。
その時、俺はブラックホールのことを考えていた。
「あれは、重力が強すぎて、周囲のものをどんどん引き付け、内部に取り込んでしまうんだったな」
じゃあ、これもそうだったりして。
すると、その瞬間、俺の右手がぐいと引かれた。
すぐに肘が穴に没入し、ゆっくりと肩までが飲み込まれて行く。
「しまった。俺はこのまま穴に引きずり込まれてしまう」
そう言えば、大勢の登山客がいる山で、ある人がたった十数㍍道から離れたら、その人がふっと消失した事件があったな。
あれはこういうことか。
穴に飲み込まれるとなると、さすがに恐怖心を覚える。
「これは『先が見えぬ』ことから来る恐怖なんだよ」
傍観者の「俺」が俺の耳元で囁く。
穴はもうすぐ顔の前に来る。
ここで覚醒。
夢の世界は、あの世(幽界)の状況とよく似ている。
幽霊たちは、各々、自分が思い描いたイメージの世界の中で暮らしている。
自然や人工物、人は総て、その幽霊が思い描いたものだ。
自分の創り出した世界に生きているから、他者との接点をほとんど持たない。
接点を持つことが出来るのは、自分と同じようなイメージの中で生きている者だけになる。
あの「穴」に引き込まれた後、一体、私はどこに行ったのだろう。
傍観者の方の私は、むしろそちらの方に関心がある。