日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第K2夜 クレメンタインのブローチ

◎夢の話 第K2夜 クレメンタインのブローチ

 八日の午前四時に観た夢です。

 

 我に返ると、俺は馴染みの骨董店の中にいた。

 ガラスケースの前に四五人が集まっていて、何かを見ている。

 何となくその人だかりに近づいた。

 

 四十歳くらいの女性が前を指差す。

 「十八万円だって。どう思う?」

 隣には、その女性の連れらしき中年男性がいた。

 「石はともかく、本当に周りが純金なら二十グラムはある。地金だけで十四五万だね」

 脇から覗き見ると、二人が見ていたのは、金縁のブローチだった。

 石の方はちょっと分からぬが、どうせ宝飾品の場合、石に値が付くことは稀だ。

 「ケースから出して見せて貰えば?」

 女性が店員を呼び、ケースを開けて貰った。

 

 「あれこれ外国の品が並んでいるけど、どこから入ったの?」

 これに店員が答える。

 「英国の方が亡くなり、家屋敷を処分されたんですよ」

 なるほど。この近くに外国人が多く住む一角があった。

 「じゃあ、あの洋館の?」

 「ええ。そうです」

 「駐日大使だった人の家族がいると聞いていたけれど、亡くなったのね。じゃあ、これは本物だ」

 「勿論ですよ。七八十年は前のものですから台は十八金ですけどね」

 店員がブローチの入った箱を出して見せる。

 「良い箱だよね」と男性。

 「これも元の持ち主のものです」

 「身寄りが無かったのか」

 「英国から遠縁の人が来て、財産を全部売却されたようです」

 「ふうん」

 

 「石はどう?」

 「これは戦前にはかなり高かったけれど、南米で鉱山が発見されてからは安くなりましたね」

 「なら台とデザインだわね」

 女性が首を捻る。

 すると、男性がここで口を入れた。

 「純金じゃなく十八金だよ。デザインも古い」

 これを聞き、女性が店員に顔を向け、値切り始める。

 「これ。十四万にしてくれない?」

 店員は大仰に首を振った。

 「これはこのままオークションに出品するつもりなんですよ」

 そう言えば、数日後にこの地域の骨董会があった。

 

 唐突に女性が振り向く。

 「ねえ。あなたはどう思いますか?」

 女性はペンダントの入った箱を俺に突き出した。

 「見てくれない?」

 初対面なのに随分軽い口調だが、実際、俺はまだ三十歳だし年はだいぶ下だ。

 とりあえず箱を受け取って、ブローチに触ると、何となく違和感がある。

 俺は元々、指先が鋭敏な方で、温度や触感で微妙な質の違いが分かるのだ。

 (これはメッキかもしれんな。かなり厚い。)

 洋館に住んでいた外国人が持っていたからと言って本物とは限らんし、そもそもその口上も本当かどうか分からない。

 「比重計で測りました?」

 「石を外さなくては測れません」

 ふうん。実際、でっかい緑色の石の方が重い。

 

 ここで俺は箱の底と裏蓋の間に小さな紙が入っていることに気が付いた。

 引き出して広げてみる。

 すると、紙には英文のメモが書かれていた。

 古いものだし、半ば滲んでいるから文面はよく分からない。

 短いメモ書きの最後には、「D※※※C※※※C※※※」という署名があった。

 氏名冒頭の「D」「C」だけは読めるが、あとは流して書いてある。

 

 「長く大使を務めていた英国人」で、ぱっと閃く。

 「クレメンタイン・チャーチルだったりして」

 すぐさま俺は店員に訊ねた。

 「その英国の人って、奥さんがいました?」

 「戦後まもなく亡くなったそうですよ」

 じゃあ、大使夫人がチャーチル夫人から貰った可能性がある。

 状況は揃って来たが、総てが「罠」というケースもよくあるぞ。

 館を出る時には本物だったが、途中で中身が別の品に替えられていたりする。

 リスクはどこからでも紛れ込む。

 

 ひとまず俺は女性に答えた。

 「これはバクチだと思いますね。まるっきりの偽物か、あるいは予想を超える良い品かもしれません」

 当たり外れがある。

 「どういうこと?」

 「台も石も偽物の可能性がある一方、有名な人の持ち物だったりしたかもしれません。ま、七:三でメッキの偽物ですね」

 正直な感想だ。

 

 このカップルはどうするのだろう。これはきっと「買わぬ」と思うが、じゃあ、その次の俺は?

 C.チャーチルの贈り物なら本物でプレミア付き。下値はとりあえず百万だ。

 見込みが三分なら、「勝算が無い」と思う人が多いだろうが、「三分なら十分」と考える者も居る。

 ま、後者の場合は「負けが前提」となる勝負だ。

 ここで覚醒。

 

 クレメンタイン・チャーチルは、ウインストン・チャーチルの妻だ。

 「D」はデイム・グランドクロス勲章を貰った後の称号で、1946年から53年までは「デイム・クレメンタイン・チャーチル」と呼ばれた。

 

 前の二人は当然買わず、その後、「俺」は普通に勝負に出て、きっと「スッた」と思う。

 しかし、店と付き合いが出来ると、品物が入るとすぐに呼ばれるようになる。 

 古道具店での正しい所作は、「日常的に付き合う」ことだ。店に買いを出した時には、とにかく小さい物でも何かしら「付き合う(買う)」。自身の欲しい物だけを、しかも値切り倒して買う客は、何時まで立っても「下の客」のままだ。店に欠損が出ぬように買い支えるのが上客で、ひと度、そのランクに着けば、自分だけ呼んで貰えるようになる。

 となると、偽物だと分かっていても、それなりの品であれば、敢えて引き取ることもある。