◎初夢の話(夢の話第1K9夜)
「初夢」は元日の夜に観る夢とのこと。
元日の夜十二時に観た短い夢は凡そこんな内容だった。
我に返ると、俺はテーブルを前に座っていた。小さなテーブルに男が三人、顔を突き合わせるようにして話をしている。俺はその一員だ。
ところが、話の内容が俺には何ひとつ理解出来ない。
過去に起こった出来事などの思い出を語り合っているらしいが、俺は男二人の語る記憶を持たなかったためだ。
心中で「参ったな」と舌打ちをする。
何がどうなっているのか、まるで分からない。
男たちは学科や学部は違えど、同じ高校・大学で学んだらしい。仕事は別々だが、それからも付き合っていた。
数年に一度は、海外旅行にも行っていたらしい。
だが、俺にはそんな記憶がまったく無い。
ひとまず話を合わせ、頷いているが、男二人の名前すら記憶にない。
「いやはや、俺は記憶喪失か、認知症にでもなってしまったのか」
何せ自分の名前すら分からぬのだ。
うーん。
男の一人が俺に言う。
「お前、どうしたんだよ。黙りこくって」
仕方なく、俺は「いやどうも体調が悪いらしくて、酒が急に回った」と答えた。
「何だ、それならその長椅子に横になれよ。この店は気兼ねの要らん店だから大丈夫だぞ」
「いや。このまま休んでいるから気にせんでくれ」
参ったな。こいつらはなんていう名前だろ。そのうちバレるよな。
必死で思い出そうとするが、思い出せない。
それどころか、自分の過去の経験すら何ひとつ思い出せぬのだ。
俺はどこで生まれて、親はどんな人たちだったのか。
まったく記憶が無い。
しばらく考えていたが、ふと思いついた。
「これって、あの世の状況に似てるよな。死ねば思考能力を失うし、記憶の断片で作り上げた世界の中に放り込まれる。あるのは鈍い感情だけだ」
まさか、俺って自分が死んだ後の夢でも観ているのか。
「俺は夢を観ている時に、自分が夢の中にいるという自覚を持つことがあるからな」
そのまま目を瞑って考える。
しかし、そんな時は必ず「目覚めている時の俺」と何らかの繋がりがある筈だ。夢の情報基盤は、過去の感情記憶だからな。
それが総て、他人のものと置き換わっているとなると・・・。
結論はひとつだ。
「なるほど。俺はもう現実に死んだのだ。そして・・・」
この時、ついに俺は総ての状況を理解していた。
「俺はこの男の中に入り、この男の心を乗っ取ろうとしているのだ。この俺が生きた人に憑依する悪霊の方なのだ」
ここで覚醒。
普通、「自分自身が死ぬ夢」は、最高の吉夢になる。
だが、この夢では、「俺」が「死ぬ」のではなく、「既に死んでいる」という筋だった。
こりゃ、一体どういう風に解釈すればいいのだろう。
ま、今、自分が死ねば、間違いなく悪霊になり、とりあえずある国に飛んで「炎と熔けた鉛」の雨を降らせるだろうと思う。