日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第1K12夜 家まで歩いて帰る

◎夢の話 第1K12夜 家まで歩いて帰る

 二十一日の午前二時に観た夢です。

 

 結局、歩いて帰ることになった。

 若者に馬券勝負の「呼吸」を教えるために、場外馬券場に連れて行ったのだが、メインで大勝負をし、それに負けてスッテンテンになったのだ。

 若い頃、こういう時には、自分に対するペナルティとして、家まで歩いて帰っていた。

 負けたヤツは謗られ、情けない思いをするのが当然だし、それでよい。「しくじったら罰」を徹底すると、勝負に対する厳しさが増すし、心の甘さが次第に消えていく。

 「負ける」時の引き際や、逆に「行くべき時」の行き方を教えられれば、それでよいから、今回、こここというところで勝てなかったのは、この若者にとって勉強になる。

 

 「でも、後楽園から練馬までなら十数キロだから大したことは無いが、府中から所沢くらいになると、距離がかなりあるぞ」

 こっちは確か二十キロはあった。

 ま、ともかく歩き始めた。

 我が身を振り返ると、まだ三十歳くらいのようだから、別に何ともない。

 隣の若者は二十歳過ぎのようだが、誰だったっけな。

 何となく「息子じゃないか」という思いが頭のどこかにある。

 「俺が三十なのに二十歳過ぎの息子が居るわけないだろ」

 若者は大人しいヤツで、あまり話さぬが、俺もおしゃべりな方ではないから助かる。

 

 俺は歩きながら、さっきの勝負を語った。

 「元手はたったの三千円だ。8レースからコロガシて、きれいに3つ転がって三十万になった。そこでどうするかだ」

 まともな人間が馬券勝負をする時、タネ銭はせいぜい三四百枚からだ。働いて得た金ならその辺が限度で、そこを無理に突っ込むといずれはそれが祟りしくじる。

 大勝負を打てるポイントは、「上手く転がった時」で、その時は一点に五万、十万、二十万と打てる。

 そもそも元が数百枚だし、それを思えば平気だろ。その四回目にまた転がると、概ねアガリが二百三百になる。

 引き時もその辺で、一定のラインを決め、そこを超えたら利食いに入る。あるいは引き潮の潮目をよく見て、退くべき時はささっと退く。

 「俺は勝負だと思い、全額突っ込んだが、勝負事は勝ったり負けたりだから」

 で、大勝負を打ったところでよくしくじる。

 当たれば一千万からニ千万になる三点に十万ずつ打ったが、この時も買い目は穴路線だった。

 負けてゼロになったが、元は三千円で、五千倍に手がかかるところまで行った。

 「面白かったろ」

 面白いが、最後にしくじったのはイテーな。

 

 十キロくらい歩いたが、さすがに足が痛くなって来た。

 「俺ももうトシだし」と思うが、ここで違和感を覚える。

 え。俺って三十歳くらいじゃねえのか?

 あれあれ。コイツはおかしいぞ。もしかして・・・。

 

 次のバス停にベンチがあったので、俺は息子らしき若者とそこに座った。

 勝負事の場合、「如何に勝ったか」ではなく、「押し引き」と「負けた時の姿勢」の方が大切だ。

 それなら、この経験の方が役に立つ。

 「でも、何だか具合が悪くなって来たな」

 俺は内臓の大半に持病があるし、足の傷がまるで治らない状態だ。

 はは、コイツは夢だ。俺は夢を観ているわけだな。

 せっかく三十歳のつもりだったのに、どうやら体の感覚は現実に近いようだ。

 となると、隣の若者は、やっぱり息子だ。

 

 すると、目の前を一人の女性が通り掛かった。

 女性は俺の顔を見ると、立ち止まった。

 「あら」

 俺の方も少しく驚いた。

 その女性は、昔俺が付き合っていたKちゃんだった。

 夢の良いところは、自分も他人も「こうあって欲しい」姿でいるところだ。

 あれからウン十年経っているのに、Kちゃんは昔のままだった。

 「どうしてこんなところに?」

 さすがに「競馬で負けて」とは言えず、口籠る。

 それ以上に、いよいよ具合が悪くなった。

 「調子が悪いの?救急車を呼びましょうか」

 「いやいや、今に始まったことじゃないから」

 一定のラインを踏み越えれば、必ずこうなるわけで。

 

 Kちゃんは数秒の間、俺のことを見ていたが、すぐに口を開いた。

 「じゃあ、すぐそこが私の家だから、そこで休んで行って」

 Kちゃんは俺の返事を待たず、俺の脇に寄ると左の腕を支えた。

 俺を挟んで、反対側に居る息子に声を掛ける。

 「あなたはそっち側ね。ところでそちらの人はどなた?」

 「あ。息子です」

 俺は二人に支えられ、百㍍先のマンションに入った。

 

 このマンションは観たことがある。俺の夢によく出て来る建物だが、俺の「身体」の象徴だ。

 俺はここで苦笑いを漏らした。

 「夢ではここはしょっちゅう、がらがらと崩れるんだよな」

 現実に病気なのだから、夢にもそれが反映される。

 

 「布団を敷いて横になる?」

 「いや、この長椅子で大丈夫です」

 枕を借り、長椅子に横になった。

 ここで頭の中でつらつらと考えた。

 「この人にも色々な展開があったろうな。もしあの時のまま、一緒に居られれば、今頃はどうなっていたのだろう」

 俺は研究職を続けていたりして。

 そんなことを考えているうちに、俺は眠りに落ちた。

 夢の中で、さらに眠るのだから、冷静に考えるとおかしな話だ。

 

 目を覚ますと、気分が少し持ち直している。

 向かい側の椅子には息子が座り、スマホを見ていた。

 「Kちゃんは?」

 「買い物をしてくるって、外に出掛けた」

 それなら、帰って来るまでここで待たねばならんな。

 具合の悪さが鎮まると、何となく落ち着かない。

 俺は極端な性格だが、Kちゃんはそんな俺とは一緒に居られぬと思って去って行ったのだから、迷惑は掛けられん。

 Kちゃんは居ないが、もう目覚めよう。

 俺はここで高らかに言った。

 「ラミパスラミパス、ルルルルル」

 ここで覚醒。

 

 ひとは生まれ落ちてから死ぬまでの記憶を脳内に完璧に残しているそうだ。

 「忘れる」ことは、その記憶が無くなってしまうのではなく、整理用の押し入れに仕舞い込むだけとのこと。

 死んだ瞬間に夢の整理ボックスの鍵が壊れ、総ての記憶が外に出て来る。

 昔は死後、閻魔大王が現れ、過去の出来事を洗いざらい上げ連ね、糾弾すると言われていたが、閻魔大王は自分自身だ。

 自身に対して嘘は通用しない。

 

 夢の示唆はこう。

 「トシは取ったが、若い頃の想いは、まだ心の奥底に残っていた」ということ。

 自分一人だったら、その先のややこしい展開があったのかもしれんが、傍に息子がいた。

 そもそも、私はKちゃんの「その後」を知らないのだから、「部屋の外に出掛けた」のは、それを補填するためのものだったのだろう。

 息子が一人立ちするまであと一二年だが、そこまでは生きていてやる必要がありそう。

 現実面よりも、困難に耐えるための心構えを伝えて置くべきだとは思う。

 もちろん、馬券のことではないのは言うまでもない。

 

 「ラミパス」はサリーちゃんだな。

 サリーちゃんの友だちの「よしこちゃん」のキャラと声が懐かしい。