日刊早坂ノボル新聞

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◎古貨幣迷宮事件簿 「粗造天保のあれこれ」

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粗造天保

◎古貨幣迷宮事件簿 「粗造天保のあれこれ」

 もはや三十年も前ののことになるが、商用で北奥地方(概ね岩手青森)を訪れると、帰路は遠回りなのだが、車で三陸沿岸を南下するルートを帰った。

 時間はかかるが、田舎の景色を眺めるのが割合好きなので、人気のない漁港や山中をゆっくり運転した。

 関東に住んでいると、漁港には「必ず魚料理の店がある」と思い込んでしまいがちだが、それも首都圏の客が訪れる近場だからで、地方漁港には割烹みたいな店は無い。

 毎日ふんだんに新鮮な魚を食べているからそんなのは物珍しいものではない。漁師にとってのご馳走は焼肉だ。

 もちろん、市街地に行けば、観光客を当て込んだ飲食店があるわけだが、海を眺めながら食べられるわけではない。

 

 脱線したが、海沿いの県道や市町村道を走っていると、時折、ガレージセールのように古物を広げ売っているところがあった。「古屋下げ(家屋解体)」で出たがらくた類を、幾らかでも足しにすべく通行人に売っている。空き店舗を借りて商売をする場合もあれば、露天のこともある。露店の場合は、雨が降れば全部濡れてしまうわけだが、元々が捨てるがらくただ。

 調度類や家具、書き物が殆どだったが、中には古銭も幾らかあった。

 町場のように蓄財されたものが大量に出ることは無い。あくまで十枚二十枚程度の数になる。

 そんな中で、時々、混じっていたのが粗造天保の類だ。

 出来そこないがポツンと雑銭の中に入っていた。

 

 古貨幣収集家の興味を惹くことなどなさそうな不出来の銭だが、製造や流通に興味を持つ者にとっては、面白いこと限りなし。

 そもそも「こんな銭をどうやって使ったのか」という疑問だ。

 一枚遣いは出来ない。

 幕末・明治初めには農村には文字の読めぬ者が居た筈で、「天保通寶」の文字が読めず、何が書かれているかは気にしなかった。そんな説の人もいるが、「出来が悪い」のは文字が読めずとも分かる。

 「百文だ」と出して見せても、「これではダメです」と断わられることになっただろう。今でも、仮に渡そうとする十円玉が青錆だらけだったら、やはり「これでなく良いヤツにして」と言われる。

 町場なら、百枚差の中に紛れ込ませて、一枚を目立たなくする工夫は出来るが、ムラではそうは行かない。ひと差でやり取りするような取引がそもそも起こらぬからだ。

 粗造天保が「流通性の乏しい」貨幣だというのはその点だ。

 田舎では、多くバラ銭の中に混じっているが、あまり流通した形跡がない。

 使用傷が他の天保銭と比べると格段に少なかったりする。

 流通が少ないということは、ある意味では、「当時の現状保存がなされている」と解釈出来ぬこともない。

 時代背景や銭の密造の直接的事情などが反映されているかもしれぬ。

 だから面白いのだ。 

 粗造天保の類は、既に手元には少なくなり十枚程度しか残っていない。

 概ね道路端で入手した品なので、一つひとつを記憶している。

 

N023 唐金天保

 これは八戸の近くで入手したもの。素材がいわゆる「唐金」で、意図的に配合したものではない。意図的に配合すれば、錫の割合を減らすからこの配合にはならない。

 何故こうなるのかを疑問に思うところだが、ある古道具屋さんが教えてくれた。

 「元の素材をそのまま溶かして作ったのです。これに最も近いのは仏具」

 となると、廃仏毀釈に関係しているのは明白だ。

 廃部毀釈運動は江戸時代には起きているのだが、これがこの地域で寺院排斥や仏具の損壊に至ったのは維新直後のこと。「この地で作られた」ことを前提とすると、この銭が作られたのは明治ひと桁年台になる。

 もちろん、あくまで推論だ。だがこれに近い金質の天保銭はあまり多くない。

 やはり鋳砂が悪い。質の良い鋳砂は水晶を砕いて作る硅砂だが、水晶鉱はこの近く

には無い。

 

N024 刔輪

 粗造銭というより、敢えて区分せず普通の「不知品」で良いくらいの出来だ。

 割合、砂目も整っているから、他地域から流入して来たものかもしれぬ。

 「刔輪」は名目上の区分で、「張足寶」でも「長足寶」でも何でもよい。あくまで次と区別するための便宜的な措置だ。

 いつも記すが、型分類にはさほど重きを置いていない。

 

N025 張足

 これは内陸寄りのもの。大掛かりな銭座の作った銭ではない。焼けたように見えるが、焼けではなく亜鉛の配合による。

 

N026 蝦夷出来

 これは少し前にも記述した。

 北海道の奥地から出た品を業者が「長足寶」として出品していたのだが、逆にそのことで興味を覚え取り寄せてみた。

 やはり流通はしていない模様で、これこそ「村の鍛冶屋」が作ったような粗造銭だ。

 ま、「五千円札です」と「コピーまがいの札を出される」くらいの違和感があったろう。

 蝦夷地の密鋳銭は割と少なく、存在数で言えばかなり希少だ。

 北海道には「地元産の貨幣はない」とされて来たわけだが、幾らかはあるのかもしれぬ。この辺の研究は地元の人の仕事だろうと思う。

   なお、番号はウェブサイトの上での即売目録の番号に一致する。

古貨幣迷宮事件簿

 

注記)所感を記すもので、推敲や校正をしない。よって当然、不首尾はあると思う。