日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 第1K24夜 なぞなぞの街

◎夢の話 第1K24夜 なぞなぞの街

 二十二日は病院で終日検査漬けだった。帰宅後、すぐに横になったが、繰り返し悪夢を観た。

 これは夜になってから観たまだまともな方の夢だ。

 

 近海で原油天然ガスレアメタルなどの資源が次々に見付かり、国の事業として開発に取り組むことになった。生産は順調で、向こう五十年はエネルギー資源に困らなくなった。

 税金が軽減され、医療が全面的に無料になった。年金の保険料ももはや要らず、一定年齢を過ぎれば総ての国民に支給される。

 公共交通も原則無料だ。「原則」というのは、一部に有料適応の者がいるということ。

 喫煙者は有料で、これは後で課金され、まとめて請求される。

 この判定のために、駅の改札には空港の税関みたいなゲートが設けられ、ここを通過する際に煙草の成分が検出されれば課金となる。

 基本が無料なのだから、電子マネーみたいなものは廃れ、総てマイナンバーカードによる決済となった。駅やバスでは乗る時にこれを機械に当てる。

 

 これが定着すると、次に政府は「認知症対策」に乗り出すことになった。

 認知症を防ぐためには、頭を細目に回転させることが必要だ。

 そこで試験的に取り入れられたのは、交通機関のゲートを通る時に「クイズを出す」方式だ。

 ゲート通過時に、何らかの質問が出る。解答を考えることで頭を使う。頭を使えば、認知症防止に役立つ。そんな流れだ。

 だが、政権が変わると、これが少し変な風に解釈を曲げられるようになった。

 「罰則がないと、人は真面目に取り組まない」

 そこで、通行ゲートのクイズに不正解、無回答の者には課金されるようになった。

 これが不評で不満が出たので、今度は「不正解の場合は別の乗り物を利用しなくてはならない」ことになった。電車のゲートで不正解なら、Uターンして戻り、バスに乗り換える必要がある。

 いずれも無料なのだから、罰則としてはやさしいし、歩きたくない者は真剣に考える。

 この法律が出来てから五年が経ち、いつしか皆がこのやり方に慣れた。

 

 この日、俺はあまり調子が良くなかった。

 仕事が忙しかったのと、体調がすぐれぬせいだ。

 だが、俺の替わりはいないから仕事には行かねばならない。

 少し遅れて家を出て、急ぎ足で駅に向かった。

 改札の「ゲート」は十㍍の長さがあり、これを通過する途中で、身体チェックが行われ、質問が出る。

 概ね小学生でも答えられるような問題だ。

 だが、この日は少し違った。

 

 「キリンは草食、トラは肉食。ではカバは何食?」

 え。これって割と考えさせられる問題じゃね?

 動物園では、カバの餌として野菜や果物を与えている。西瓜を丸ごと食べるカバの動画を観たことのある者も多い。

 だが、野生のカバは雑食だ。草を食べるだけでなく、たまに小動物を食べてしまうことがある。

 シマウマを襲って齧りつくカバ動画なら、俺も観たことがある。

 草食動物は草だけでなく肉も消化できるのだ。その点、肉食動物のライオンなどは草を消化できぬから、気候が激変した際には肉食獣から先に死ぬ。

 「でも、小学校では『カバは草食』と教えている筈だ」

 ううむ。

 すぐに出口が来た。

 躊躇しつつも、俺は「やはり事実が基本」と考え、「雑食」と答えた。

 ブブーとブザーが鳴る。

 「草食です。例題をよく聞いてね。質問は『草食』か『肉食』の二つの中からひとつを選ぶ問題ですよ」

 自動音声で耳に慣れている女性の声が響く。

 そっかあ。二択なら「ほぼ草食」の方だな。

 仕方ない。

 俺は通行ゲートの端まで行くと、進路方向の指示に従って、もう一度改札に戻った。

 駅の構内から外に出て、バスの昇降場に行く。

 文句は言えない。このシステムを考えたのは俺自身で、俺が設計した通りの手順を踏んでいるからだ。

 ま、歩く距離が幾らか増える程度の違いしかない。

 コンテンツ自体は別のチームが作るから、どんな問題が出るかを俺は知らなかった。

 

 バスが来た。

 そのバスに乗ろうとすると、上の方から問題が響く。

 「船に乗ると必ず必要になる薬は何ですか?」

 え。船の上で必要になる薬だと?ううむ。

 少しく考えさせられてしまう。

 すると、後ろのババアが咳払いをした。「早くしろ」と俺をせかしているのだ。

 仕方なく俺は答えを言った。

 「酔い止めの薬」

 ブブー。

 機械のねえちゃん声が響く。

 「船の上。英語で言ってみてね」

 「On ship」

  「もう一度」

 「おんしっぷ」。ぐええ、「温湿布」か。

 思わず文句を言う。

 「これってなぞなぞじゃあねえのかよ!」

 すると、機械の音声ではなく運転手が答えた。

 「決まりですからね。じゃあ、降りて別ので行って下さい。文句があれば、これを作った人に言って下さいね」

 そりゃ、俺のことだ。

 

 仕方なく、俺はタクシー乗り場に向かった。

 タクシーはさすがに有料なのだが、もはやのんびりはしてられない。

 早く仕事場に行き、システムを直さねば。

 自動ドアが開く。

 すると、すぐにアナウンスが響いた。

 「法律の改正により、条件に応じ料金の設定が替わることになりました。次の問題に正解できれば、1キロ当たり三百円。不正解なら二千円です」

 ありゃ。ここにも問題が出るのか。しかも値段の設定が随分違う。俺の会社までは十二キロだから、しくじれば二万四千円だ。タクシーにはあまり乗らんから知らんが、普通は五千円くらいじゃねーのか?

 「では問題です。キリンの啼き声は次のうちどれ。一番ワンワン、二番ニャーニャー、三番モーモー」

 またキリンかよ。

 「ようつべ」で観たことがあるが、獣たちは見た目と違う声を出すんだったな。

 だが、その動画ではシマウマなど様々な動物を沢山見せたから、どれがそれかなんて忘れてしまった。

 ううむ。

 ま、二番はないだろうな。一か三だ。

 「ええい。一のワンワン」

 すると、運転手がこっちに聞こえるように「プッ」と吹いた。

 「お客さん。そりゃシマウマですよ。キリンはモーモーと牛と同じ声で鳴きます。だからキリンはヌーの群れの中に入っても困らんのですよ。お互いに仲間だと思うのです」

 ふうん。最後のは「なるほど」だな。

 「キロ二千円ですが、乗りますか?」

 「いや。止めとく」

 今ではタクシーも様々な補助金が出るから、商売が鷹揚だ。「ではまたよろしく」と、運転手が別段機嫌を害することなく、ドアが閉まる。

 

 「こうなりゃ自転車だな」

 駅の横に貸自転車があった。一日借りても四五百円だし、今日はこれで職場に行こう。

 十二キロだから三十分もあれば行ける。

 貸自転車置き場に向かい、まずは案内板を読んだ。

 「質問に正解すると一日百円。誤答すると一日千円です」

 千円か。それなら間違えても大丈夫だ。今日はこいつを漕いで、仕事に行こう。

 「運動にもなるしな」

 ここで「おおこれだ」と手を叩いた。

 俺が企図したのはまさにこういう風に、国民の「運動不足を解消させる」ことだったのだ。

 よく出来てるじゃねえか。少し腹が立つけど。

 ここで覚醒。