日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎悲喜交々

悲喜交々

 火曜は月一度の定期検査日で、何か月先まで予約が入っている。

 このため、いつも待ち時間がなく、すぐに心電図→レントゲンと調べて貰える。

 ところが、この日はどういうわけか前で待たされた。

 長椅子に座って待っていると、周囲の会話が聞こえ、状況が分かった。

 救急搬送患者が立て込んでいたのだ。

 隣で看護師と家族が話をしていたが、患者は七十歳くらいの高齢男性のようだ。

 どうやらかなり厳しい状態らしく、看護師と家族が後見人(息子)のところに繰り返し電話をしている。だが、まったく繋がらず、返信も無い。

 「就業時には携帯をロッカーに入れているのだな」

 容易に想像がつく。息子はまともな社員で、堅い職種だ。

 ま、当たり前だ。

 「こういう時には職場に連絡してもいいんだよ」と思ったが、最近は携帯で個人に連絡がつくから、会社の連絡先を知らぬことがある。

 

 何となく会話を耳にしながら、あれこれ勝手に想像した。

 「循環器系なら二キロ先の専門病院に行くはずだから、別の病気だ」

 六十台半ばの奥さんが落ち着いているところを見ると、「いずれそのうち」が分かっていたと見える。

 末期がん患者は終末の過ごし方を選択できるのだが、たぶん、家にいたのだろう。苦しむ期間がそんなに長くないから、当事者としては、正直、悪くない死に方だと思う。

 じわじわと首を絞められるように、最後のひと月ふた月を苦痛に泣き叫んで暮らすよりはずっとよい。

 もちろん、誰でも、どんな状況でも、死ぬのは嫌だ。

 

 救急処置室は、検査室の前にあるから、検査の度ごとに似たような出来事を目にする。

 「この状況では一時間待たせられても、文句が出るわけがないな」

 邪魔にならんように、椅子の端に移動した。

 

 すると、境目のところでは、別の患者が看護師と相談していた。

 五十歳くらいの男性だったが、健診に来て調べて貰ったところ、たまたま心筋梗塞みたいな心疾患が見つかったらしい。

 心エコーを撮り、状況によっては、その日のうちに専門病院に移送され、処置を受ける。

 自覚症状があった筈だが、五段階に例えれば、2か3の位置らしく、淡々としている。

 その自覚症状も、ある程度の知識が無ければ、それが前駆症状だとは気付かない。

 鳩尾が重いことを「胃の調子が悪い」と見なす。

 

 「あれはツイていたのか、ツイてないのか」

 同じ生活習慣を「五年十年と続けて来た」という要因も関与しているから、一度梗塞になれば、間を置かず二度目三度目が出来る。早期発見なら数日の治療で退院できるのだが、それで終わりではなく、そこからが始まりだ。

 

 糖尿病に例えると、体内のエネルギー蓄積が過多になると、さしたるものを食べずとも血糖値が爆上がりする。細胞が飽和状態でまったく吸収してくれぬからだが、こういう場合は一度、グリコーゲンをすっぱり落として容量を増やす必要がある。十キロも痩せれば、今度は多少その日に過食しても、血糖値が上がらなくなる。

 

 でも結局、この男性は「ツイていた」と思う。

 中年以降は「一発アウト」の患者も割といるから、予行演習の機会を貰えたのは、幸運な方だ。

 十数年前に入院していた時、隣のベッドの患者は、「ある日突然」、胸部の大動脈に70ミリの瘤が出来た。

 最も太い血管で、その長さでは取り換える別の血管がないから、手術の成功確率は二十%以下だ。

 手術前に親族が集められ、医師が状況を説明するとの由だった。動脈瘤が破裂するとそこで即死だし、治療を試みても術中に亡くなる可能性が高い。

 本人は直接の自覚症状が薄いから、ピンと来ぬわけだが、間近にあの世が迫っている。

 この患者は前日の夜中に眠れず、歯が砕けそうになるほどギリギリと歯ぎしりをしていた。周囲も重篤な患者ばかりだが、さすがに文句をいう者はいなかった。

 当方的には「手術をしない」選択もアリだと思った。

 70ミリの動脈瘤なら程なく破裂するが、たぶん、それは「明日のうち」ではない。

 一方、手術をすると、ほぼ術中にこの世とオサラバだ。運を天に任せて、最後の日々を家で暮らす方がよい。

 手術は翌日の朝一番で、これは「最も重篤な患者」と言うことだ。結局、病室には戻って来ず、個室の方にも名札が無かった。

 

 毎日見ていると、「生き死に」の成り行きにも目が慣れて来る。選択肢が限られており、「存命治療に賭ける」と苦しみが増したり、死ぬのが早くなったりする。

 自分の死を受け入れる準備期間が必要なので、どこにそれを作るかで心境に違いが出る。

 

 自分自身が少し前には生死の境目にいたので、少しく考えさせられた一日だった。

 まだ回復の途上だが、この日は体調がイマイチだったので、無理をせず、早々に休んだ。