◎病棟日誌「悲喜交々」8/27 「泣き女はしぶとい」
私より先に腎臓病棟に入った先輩患者は、もはや男一人に女二人だけになった。
五六年で前の三十人は死んだし、後ろの三十人も概ね死んだ。今の人はここ一年くらいで入った人が大半だ。
先輩のうち女性患者のAさんは、頻繁に病棟で泣き叫んでいる。「具合が悪い」と叫び手足を震わせる。
傍で見ていると、すごく大仰で芝居がかっている。まるで中韓の葬式の時に出る「泣き女」のようだ。
ニュースで時々見る「韓国女性が身振り手振りで泣き叫ぶ姿」にそっくり。まるで踊りのよう。
Aさんが叫び始めると、看護師が二三人ついて世話をするから、他の患者のケアがかなり遅れる。
この状況は内部のことを知らぬ者が見ると、「Aさんが芝居をしている」と思うだろう。
だが、古参患者は自分の番が遅れても何も言わない。
Aさんが胸部大動脈と静脈を数十センチ取り換えているのを知っているからだ。実際、具合が悪いだろうし、歩けなくなるのも当たり前だ。その手術の影響で負荷が掛かり腎臓も壊れた。
ダンナさんが病気で早く死に、身よりは静岡の方に遠縁がいるだけだが、そっちには介護の必要な義理の叔母さんがいるだけのよう。自分も障害者なのに、時々、電車で義叔母の世話をしに行っている。直接の血の繋がりはない。
大変だよな。
息子がいた筈だが、その話はまったく出て来ないから縁が切れているのかもしれん。
あるいはどこか遠いところにいる。外国とか、刑務所とか。
先日、卒倒して階段から落ち、脚を骨折したらしいから、Aさんは自分自身の回りの世話もおぼつかぬ状況だ。
だが、この人はすごくしぶとい。
長患いでは「頑張ろうとする」人は、案外心が折れるのも早いし、心が折れたら真っ直ぐあの世行きになる。
男は基本が弱くて、車椅子に乗るようになったら、その先はあっという間だ。概ね三か月。
かたやAさんみたいに、ぱあっと表に出せる女性患者は割と長くもつ。
Aさんの叫び声を聞きながら「俺よりも苦しそうに叫んでいるこのババアが、たぶん、俺よりもかなり長く生きるだろうな」と思った。
ババアはちょっと失礼か。Aさんはまだ五十台だった。
私は過去十か月で概ね十キロは痩せた。
昨秋、ある稲荷村社の境界に心ならずも立ち入ってしまい、そこで障りを得たことや、ワクチンの副反応と肺の炎症が重なったこともある。一時は目の前に「あの世」が見えていたから、自ら葬儀屋に連絡したほどだ。家族は知らぬが、地元の葬儀社のメンバーになっている。
この十か月はほとんど何も出来ず、寝たり起きたりの日々を過ごした。
その間、「生きている間にやらなくてはならぬこと」を思い浮かべると、絶望的な気持ちになる。
でもま、一切を気にせず不義理をして、のらりくらりと交わそうと思う。
ま、次の冬は越せぬだろうが、あの世がどんなところかは、今では十分に分かっている。