日刊早坂ノボル新聞

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◎古貨幣迷宮事件簿 「南部仰寶小極印打の解法」(続き)

◎古貨幣迷宮事件簿 「南部仰寶小極印打の解法」(続き)

 盆回しの懸賞となる対象レースが今日の天皇賞だった。

 一番人気のタイトルホルダーと、菊花賞馬のアスクビクターモアの馬番を選んでいた人がいたので、「今回は持って行かれた」と思ったのだが、レースでは思いがけぬことが起きる。タイトルホルダーがなんと競走中止で、一着は二番人気のジャスティンパレスとなった。

 五着までの当籤番号を持っていた人がいないので、今回は「的中者なし」となった。

 懸賞を五回くらい実施したが、五等までの当選者が出なかったのは、今回が初めてになる。

 ちなみに、私自身は直感で馬券を買ったりするが、一週前に閃いたのがタイトルホルダーと二着馬と三着馬の組み合わせだ。これを「お告げ」と呼んでいるのだが、正確ではなく断片的だ。今回はその「お告げ」が的中し、馬券自体は当てたが、タイトルホルダーで大張りをしたので、万馬券を当てているのに殆どチャラだった。

 もっと荒れて、ジャスティンパレスが三着なら大当たりだった。

 とまあ、タイトルホルダーには勝って欲しいが、勝つと賞品が旅立つから、少し微妙な気分だった。二着三着馬の組み合わせは頭で考えてはなかなか買えないから、やはり「お告げ(閃き)」による。

 

 さて、在庫の整理処分も概ね最終段階だ。昨年には幾度か危機的局面があったが、何とか持ち直したので、これからネット向きの品を処分を別媒体中心に始める。そちらは銀貨類など平易な品だから、雑銭の会の旧会員には向かぬし、ネットでは込み入った穴銭などの買い手が少ない。数日中に「おまとめガレージセール」を開示する予定となっている。

 

 さて、本題は宿題だった「仰寶小極印打」だ。

 この品はいわゆる「下げ渡し」の品で、収集の先輩である南部古銭研究会のk会長時代に、自宅に招かれ、譲られた品だった。

 「自分はもう出来なくなったから、あなたに渡す。調べて下さい」

 その頃、k会長は持病の再発が判明し、収集品の売却を始めていた。

 事情を知る私だが、内心では少々困った。

 それはこの品が白銅小様母で、幾らか疑問を覚える品だったからだ。

 小極印打の品は米字極印打よりもかなり少ないし、昭和の偽極印もある。

 一方、南部の白銅銭はこれも昭和五十年台に絵銭を含め、参考品が作成されている。

 二重の不安がある。

 「下げ渡し」は基本は厚意によるものなので、これを断ったら次の機会はない。

 ひとまず引き取って帰り、それから調べ始めたのだが、十数年掛かり色んなことが分かって来た。

 当初は「参考品では」と思ったりもしたのだが、否定できぬ要素がある。

 本物を参考品と見なす愚を冒すところだった。

(1)地金

 白銅母銭のうち地金が硬く若干ピンク色の品は、残念ながら後作品だ。輪側の処理方法が概ねグラインダに拠っており、昭和の白銅銭の作成時期に作られたと思う。

 地元の人も、関東の入札誌などで南部銭を買っているので、注意が必要だ。

 ひとつ苦言だが、「この品は疑問品だ」と思った時に、気付かなかったふりをして入札に出すのは止めることだ。地元の人が出すと、他地域の者は「本物」と見なす。

 見ての通り、私は参考品と分かった時点で千円で出している。あるいは地元の人であれば「研究用に」と進呈して来た。

 従来は「見知らぬ絵銭は三千円」という言い回しがあったので、三千円でも問題は無さそうだが、購入時はもちろん十倍以上だ。

 このことは「今後は証拠を添えて偽物と言う」という意味なので、念のため。

 

 脱線したが、トイレの窓の桟に置いて古色実験をしていたのだが、割合早く黒色に変化して来た。昭和の白銅銭は配合が違うのか、あまり黒変しない。

 古色が着いてみると、閉伊三山の品に近似している。

 大橋(および砂子渡、佐比内)の母銭と言われて来たのは、薄肉小様で、地金が黄色もしくは白銅の母銭と言われている。小型銭は栗林にもあるが、これは材料節約のためだったから、型だけでなく研磨方法にも栗林なりの特色がある。また浄法寺では作り方がまるで異なる。

 大橋の母銭と称されて来た品は、大迫の中様母を基に鋳写しして小型化したもので、すんありと小さくなっており、輪幅が広くない。要はあまり変化がなく小型化しているという点だ。

 

(疲れたのでここで中断。闘病中で、あまり長く椅子に座っていられない。)