日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌 5/16 「見てとは言わんでくれ」

病棟日誌 5/16 「見てとは言わんでくれ」
 かれこれ丸四日の間、ほとんど寝たきりだった。風邪とアレルギーから体調を崩し、体がだるく起きられない。まるでコロナの発症三日目のような倦怠感だ。病院には行くが、帰るとすぐに横になり、そのまま終日過ごす。
 その間、食事がまったく摂れず、糖分補給のためジュースを飲むだけ。
 ずっと下痢気味で、日に七度もトイレに行った。
 二日目には腸内の便を全部出し切ったと思ったが、その後も少量だが便は出た。胃から腸までが完全に空になるのは三日半くらいかかるようだ。

 木曜に病棟に行くと、Aさんに呼び止められた。
 Aさんは頚静脈を人工血管に取り換える手術を受け、最近戻って来たばかり。
 「私は二度心臓の手術をしているのです。一度目は動脈瘤で、次が大動脈解離」 
 なるほど。それなら心臓病を経由して腎不全になる。
 心臓の治療の場合、造影剤を多用するのだが、これが腎臓に障害を与える。一度では耐えられることが多いが、複数回造影剤を経験すると、腎機能が著しく落ちる。
 当方も二度目の心臓の治療から腎機能の数値がストンと落ちた。
 造影剤は腎臓にダメージを与えるのは明確だが、これ以外に方法がない。やらねば死ぬから、誰でも目前の死よりも、将来の腎不全を選ぶ。

 「今回は頚静脈を人工血管に取り換えたのです」
 これはシャントの調整だ。シャントとは透析患者が血流をよくするために動脈を静脈に繋げた箇所を言うのだが、週に三回はその場所に針を刺すし、血管内に強い圧力が加わるから管が損なわれる。
 最初は左腕、これがダメになったら右腕と進み、これも使えなくなったら、頚静脈に針を刺すようになる。
 その頚静脈がボロボロになり使えなくなったので、それを人工血管に取り換えた。
 Aさんはまだ57歳くらいで、透析期間は十五年以上に渡る。
 40台の初めに心臓の病気になり、あっという間に腎不全になった。

 こういう時の対応は「同情しない」こと。「同情」は他人事の時にするものだ。我々は当事者でもあるから他人事ではない。
 基本的な対応は「笑い飛ばす」。
 「Aさんはしぶといから、まだまだ大丈夫ですよ」
 実際にそうだ。病歴を考えても、もっと前に死んでいてもおかしくない。ま、若い時に発病したから、基礎体力や抵抗力があった。我慢せず、症状があれば大きな声で泣き叫ぶ。
 そういうのが功を奏している。
 色んな病気を経て、行き着く先は肺炎か腎不全だ。
 終着駅なので、数か月で去る人が物凄く多い。
 この病院は外科手術が出来ない病院なので、症状が重くなると転院するのだが、転院するとその患者の情報はそこで途切れる。
 このため、その患者がどうなったかは正確には分らぬのだが、腎臓病棟があり、かつ空きベッドがある病院は僅かだから、生きていればこの病院に戻って来る。来ないのは、要するにこの世とおさらばしたということ。

 「人工血管が外に出ているのです」
 げげげ。頚静脈が傍目に見えるところに出ているのか。
 なるほど、その方が針を刺すのには便利ではある。だが、本人的にも気色悪いよな。
 ここは内心で「それを見てくれと言わんでくれ」と願った。
 病人は平常心を保つために、自分の症状を教えたり、患部を見せたがる傾向がある。当方だってそうだ。
 同じ境遇の患者に見て貰い、状況を把握して貰うとそこで安心する。これが病人心理。
 Aさんはまだ57歳くらいなのに、長い闘病生活が原因で、外見は70歳くらいに見える。

 帰り際にトダさんが入り口の前で椅子に座っていた。迎えを待っているらしい。
 いつもは世間話を少しするところだが、この日は挨拶だけで失礼した。何せ当方も四日間何も食べられぬ状態だった。
 この状態では助言など出来るわけがない。

 否応なしに時は進み、多くの患者がたどった道を歩み始めていると実感した。これだけ体調が悪いのに、さしたる原因が思い浮かばない。
 あと、長く同じ病院にいるので次第に分かって来たが、やはり非常勤を繋いで経営しているので、医師の技量はかなり低いと思う。医師の診断ではなく、自分の経験的判断に従った方が改善される。