日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌 R060518「もはや人造人間」

病棟日誌 R060518「もはや人造人間」
 朝、病棟に入ると、斜め向かいのベッドにガラモンさんがいた。
 四週間ぶりに心臓専門病院から戻って来たのだ。
 歩み寄って挨拶をする。
 
 「結局、カテーテルを受けたのよ」
 ガラモンさんは、毎分140超の頻脈症状が出たが、専門医のいない腎臓の病院では診断すら出来ぬから、そっちで治療して貰ったのだ。
 自分の脳から心臓に脈動の命令が出て、これが複数の動脈の神経を経由して心臓に届くのだが、三本の血管がばらばらな命令を伝えていたので頻脈症状になったらしい。
 カテーテルで、二本だか三本の血管を焼いて、「大本営から」の命令しか届かぬようにした。
 「カテーテルは初めてだから痛かった」
 意外だが、これまで経験が無かったらしい。これまでは心臓の治療は開胸手術だけだった。
 結果的に、心臓はバイパスでぐねぐねと血管がつなげられているし、脇の下には製脈機が入っている。

 「それじゃあ、いよいよ人造人間ですね」
 「息子にも『お母さんはもうサイボーグだ』と言われたわよ」
 「俺なら※※さんと同じ治療を受ければ、三回死んでますね」
 特に心臓が止まってからのバイパス手術。ここは「止めて」は普通だが、「止まってから」だった。
 さすが怪獣だ。

 「しぶといから、なかなか死にませんね。生命力の強さにはあやかりたいもんです」
 人工透析を受けても、平然と自分で帰るし、旅行にも行く。
 初期患者で生き残っているのは、ガラモンさんとAさんだが、二人ともとにかくしぶとい。
 頭の中で、「ぜってえ、俺の方が先に旅立つ」と思った。

 実際、ガラモンさんは、死に間際の人が持つ雰囲気がまるでない。気配が微塵も見えぬから、その外見通り、まだ死ぬ運命ではないと思う。
 こういう「とにかくしぶとい人」を集めて、宗教団体を作ったら、どっかの教会よりははるかに勉強になりご利益もある教団を作れると思う。死なぬのには、何かしらの理由がある。

 「自分だって、死地に臨んで戻って来たことが幾度もある」と思ったが、さすがにガラモンさんには敵わない。
 ま、お互いに、三途の川を眺めてから帰って来た者同士ではある。
 三途の川は「十数㍍くらいの幅」の小さな川だった。向こう岸には芦原が生えている。これは二人とも同じ。