日刊早坂ノボル新聞

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◎夢の話 第1136夜 「押し入れの中」

夢の話 第1136夜 「押し入れの中」
 5月27日の午前三時に観た夢です。

 夢の中の「俺」は学生。
 この日の講義は昼で終わりだったので、アパートに戻り床に寝そべっていた。
 午後四時頃になり、唐突に電話が鳴った。
 電話を掛けて来たのは、叔母だった。
 「ああ良かった。家に居たね」
 「何か用事ですか」
 「今、渋谷に来てる。娘のアパートを探しに来たけど、すごく安い部屋があったのよ。今はそこにいるけれど、広いしきれいな部屋だった。でも渋谷の駅からそんなに遠くないのに、賃料が物凄く安い。相場の半値以下だよ。おかしくない?」
 俺の方は家賃が三万に満たぬボロアパートに住んでいた。都心からも離れている。
 返事を待たず、叔母は続けた。
 「ちょっと見に来て意見を言ってくれないかな」
 「今日ですか?」
 「うん、今から。不動産屋さんが今日中に返事が欲しいって言うから。忙しい?」
 「いや、大丈夫です」
 まだ家に帰ったばかりだったので、上着を羽織って再び出掛けることにした。俺は練馬に住んでいたから、渋谷までは小一時間だ。
 
 渋谷に着き、叔母に言われた※※通りの路地に入ると、叔母たち二人が道に立って待っていた。
 「不動産屋さんは?」
 「決めたら、店に寄って結果を伝えることになってる。鍵を預かってるの」
 建物はこぎれいなマンションだった。七階建てで、部屋はその六階にある。
 エントランスを入り、エレベーターで六階に上がった。
 その部屋のドアを開けると、確かに、新しくきれいな内装だが、どこか重苦しく感じられる。
 中に入って行くと、頭の中で「ジジジジ」という雑音が響き出した。

 叔母が「ひと通り見てくれる?」と俺を誘う。
 従妹が「すごく良い部屋じゃない。しかも安い」と口を入れた。
 居間から奥に進むと、部屋が二つあった。間取りは2LDKらしい。
 「渋谷の駅からこの位置にあるマンションなら、十万は軽く突破しますね。確かに半値以下だ」
 部屋の方は洋間がひとつと畳部屋がひとつあった。
 洋間の方では、特に何も思わなかったが、畳の方の部屋に足を踏み入れると、明らかに空気が淀んでいる。
 顔に湿った風が当ったが、何とも言えぬ嫌な感触だった。
 部屋の中央に進む。
 頭の中で「この嫌な気配は何だろうな」と考えつつ、押し入れの前に立った。
 「ここだわ」
 気持ちが悪いのは、この押し入れだった。
 襖の前でしばし佇んで気配を確かめる。
 すると、突然、眼の前が暗くなり、気が遠くなった。
 「うううう。うううう」という唸り声が響く。
 俺の頭の奥では、先ほどからの「ジジジジ」が地鳴りのように鳴り続けていた。
 気が遠くなったのは、ほんの一瞬で、俺はすぐに我に返った。
 そこで、俺は目の前の襖を引き開けた。
 こういうのは、実際に確かめると話が早い。
 すると、その押し入れの中には・・・。

 何も無かった。当たり前だが、入居前の部屋の押し入れに物が入っているわけがない。
 襖を開く前よりも、開けた後の方が嫌な気配が鈍くなっている。
 ここで俺は叔母の方に振り返り、叔母の考えを聞いてみた。
 「叔母さんは何か嫌な気配を感じますか?」
 「感じます。特にこの部屋」
 次に従妹に向かって同じことを訊いた。
 「私は何も。すごく良い部屋だと思うよ」

 ここで、玄関のドアが開き、不動産屋の若者が入って来た。
 店で待っている筈だったが、気になって現地に来てみることにしたらしい。
 「どうですか」
 「ちょっと向こうの部屋で聞きたいことがあります」
 俺は叔母たちをその場に置いて、その若者を台所の方に誘った。
 扉を閉め、叔母たちに聞こえぬように声を落として話した。
 この時、俺には概ねここで起きたことが分かっていた。
 「ここで人が殺されていますね。そしてその奥の部屋の押し入れに押し込められた。断末魔の意識がそこで聞こえるから、たぶん、そこに入れられた時には生きていた。亡くなったのは、押し込められた後です」
 若者の眼がこわばっている。
 不動産屋が返事をしないので、俺はさらに訊ねた。
 「違いますか」
 すると、若者は頷き、「その通りです」と答えた。
 十か月くらい前に、ここで夫が妻を殺す事件があった。
 夫は妻を絞殺し、死体を押し入れに隠したのだ。
 その頃、俺は実家に帰っていたし、叔母たちは栃木に住んでいたから、事件の詳細についてはよく知らなかった。遠くの地のニュースとして聞いていたから、目の前にその現場が現れるということなど考えもしない。
 若者が「すいませんでした」と頭を下げた。
(まだ昭和の末で、この頃は事故物件の告知義務が無かった。)

 俺は叔母たちの部屋に戻ると、答えを告げた。
 「もし、叔母さんがここで一緒に住もうと言うなら、ここで暮らすのは無理です。でも、※※ちゃんが一人で住むつもりなら、別に問題ありません。ここはそう言う人には問題のない良い部屋です。これはお考えひとつです」
 叔母は頷き、「わたしが暮らすわけではないけれど、やはりこの部屋はやめさせます」と言った。
 従妹の方は「え。こんなきれいで安い部屋は他にないのに」と不平を言った。
 この時も俺の頭の中で「ジジジジ」という雑音が響いていた。
 ここで覚醒。

 概ね、過去に実際にあった出来事をなぞる内容だった。
 実際には、「見に来てほしい」と言う叔母の頼みに従って、渋谷駅に着いたのだが、当方は別の不動産屋に立ち寄り、その物件の住所を見せて状況を訊ねた。渋谷の駅から五分にある新築7階マンションの2LDK部屋の家賃が四万弱のことなど絶対にアリエネーと思ったからだ。
 そこでその部屋が事故物件であることを知った。

 実際にそこで起きたことはこんな感じ。あくまで又聞きだから正確ではない。
 夫が夫婦喧嘩の果てに妻を殺害し、ロープでぐるぐる巻きにして、ビニールの布団袋の中に隠した。ロープで縛ったのは、死後硬直になり手足が固まると隠しようが無くなるからだった。
 だが、妻は押し入れに入れられた時には、まだ生きていた。息を吹き返したのだが、きつく縛られ、ビニールの袋に閉じ込められたことで窒息死したのだった。
 それから、マンションの入り口で、夢で叔母たちに話したこととまったく同じことを伝えた。
 従妹の場合は、幽霊の出す意識の波長を感じ取れる受信機を持っていない。何ひとつ検知しえぬのだから、影響は生じず、「存在しない」のと同じことだ。
 だが、叔母の方は既に嫌な気配を感じ取っているので、近づかぬ方がよい。
 当方自身は、そこで何が起きるかを予想できたので、その部屋には行かなかった。一階のエントランスにいる時に、既に「ジジジジ」が始まっていたから、もし近づけば、帰路には当方の肩に女性を担いで帰ったかもしれん。

 さて、これは幾度も書いたが、東京に出て来て、初めて新宿駅の東口の階段を上る時に、気が動転するほど驚いた。
 階段を降りて来る群衆の中に、ひとを背負って歩いている者がいたのだ。何千人かの中に一人とか二人くらいだったが、そういう者の中には、女性を肩車している者までいる。
 余りにも普通に見えたので、最初はそれが幽霊だとは思わず、息子が病身の親を、もしくは、彼氏が彼女を背負っているのかと思った。
 写真で見るように半透明ではなく、生身の人のように見えた。
 だが、そんなのが実際にいるわけはない。

 さすが大都会だ。人を殺すか見捨てるかして、平気で道を歩いている者が沢山いる。  
 だが、生きている間は隠せても、死んだら隠し事は出来なくなるし、必ず報いがやって来る。死はただの折り返し地点に過ぎない。この世のツケはあの世で払う。

 ところで、最近、息子と共同で恐怖小説を作り始めたが、これはその話の中で使おうと思う。当方は感覚が普通とは違うようなので、物語の進行方向は息子に決めさせることにしている。

 

追記1)従妹はその後二十年くらい経った頃に、急性腎不全で死んだ。結婚離婚を経て、渋谷で一人暮らしをしていたが、四十歳を過ぎて間もなく、部屋で倒れていた。

 具合が悪くなっているのを押し隠して働き続けていたらしい。

 病気になったのなら、「当家に居候させてあげればよかった」とつくづく思った。

 従妹が腎臓が弱いことを知ったのは、亡くなった後だった。今は自分が慢性腎不全になり、従妹の気持ちがよく分かる。

 叔父は早くに亡くなっていたから、さぞ苦労をしたと思う。

 時々、この従妹の声が蘇るが、その都度、可哀想なことをしたと後悔する。

 気を配っていれば、従妹の苦境に気付けたし、危機を感じ取れた。

 

追記2)従妹の死後になり、「知っていれば助けてやれたのに」と思ったが、その想いからは、幾ら時間が経っても解放されることが無い。
 この従妹も母も、そして父もそうだった。
 父は助けられなかったと思うが、その時でさえ、亡くなるひと月前に「父が急に具合が悪くなる」夢を観て、目覚めるとすぐに兄に連絡した。
 会いに行ければ良かったが、コロナの時だし、当方はこんな体だしで、結局は死に目に会えず、葬式にも出られなかった。

 同じ病棟のトダさんのことを見て、どうしても放って置けぬのは、そんな経験が幾度もあるからだった。
 トダさんの病状を悪くしているのは、病気の進行だけではなく、回復を妨げている者が傍にいるからだった。確かめてはいないが、たぶん、義母ではないかと思う。
 それが寿命だと思えば何を口出しすることでもないが、この患者の場合はまだ幾年も生きられる。無用に死期を早めているから、傍観していられない。