日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎「六人行者」の記憶

「六人行者」の記憶
 中1の時の出来事だ。
 季節は春先で、ちょうど梅の花が咲く頃だった。
 夜中に息苦しくなり、窓をほんの少し開けて、外の風を入れた。
 窓の隙間から、梅の花の香りが漂って来る。
 隣家には樹齢七八十年くらいの梅の大木があり、春には盛んに花を付けていたのだ。
 仰向けに横たわり、その梅の香りを嗅いでいると、外の国道のほうから足音が響いた。
 ハタハタという草履の音だった。
 私は瞬時に「ああ。山伏が前を通るのだ」と思った。
 私の家は、姫神山の西の入り口にあったが、その姫神山は修験道の一大拠点だったので、時折、前の道を山伏が通ったのだ。
 山伏は当家の裏に立ち寄り、そこでお経を唱え、托鉢を乞うことが多かったが、母が家に居る時には、そんな山伏たちにご飯を分けてあげていた。

 だが、この時には、足音が道を外れ、私の部屋の真下にやって来た。「真下」と言うのは、私の部屋は二階にあったためだが、その窓の下で、山伏らしき者が読経をした。
 「まだ外は暗い。こんな時に家の外で読経をするだろうか」
 そう考えると、私は急に怖くなった。
 窓の隙間から、男の声が響く。

 布団の中で固まっていると、別の足音が聞こえ始め、それも道を逸れ、私の家の前まで来る。
 先に来ていた者の隣に並び、読経の声が複数になった。
 程なく、もう一人の足音が聞こえ、それも部屋の真下に並んだ。
 ここで私は気が付いた。
 「ああ、これは六人行者だ。それならあと二人の行者が並ぶ筈だ」
 繰返しになるが、姫神山は修験道の拠点で、江戸時代には千人を超える山伏が修行をしていたようだ。
 昭和四十年代でも、山の麓にある道場で数十人が修行をしていた。
 そういう山なので、修行半ばで斃れた者も多い筈で、「六人行者」はそういう山伏の幽霊にまつわる怪異譚だ。
 六人の行者は、自分たちが死んだ後も一団となり、この山の周囲を回り、日夜、読経を行っている。そんな類の話だ。
 敬意を持って迎えれば何もしないが、不敬を働くと、六人の手に寄り抱え込まれ、あの世に引きずり込まれる。

 だが、窓の下に立っていたのは五人で、五人が並ぶと、逆に声が聞こえなくなった。
 ただじっと、そこに立っているのだが、私は「こいつらは皆私の部屋を見上げている」と思った。
 じっと見上げているだけなのだが、却ってそれが怖ろしい。
 私はどうにも耐えられなくなり、父母のところに逃げることにした。
 布団から出て歩こうとするが、腰が抜けて立てなかったので、四つん這いになり、這って、父母の部屋に行った。
 父を揺すり起こし、「外に人がいる」と告げると、父は即座に跳ね起き、階段を駆け下りた。
 父は玄関から出ようとして、思い出したように中に戻り、バットを掴み、外に行った。
 父は家の周りを、ひと通り点検した後、中に戻って来た。
 「誰も居ねよ。きっと夢を観たんだべ」
 前に二度泥棒に入られたことがあり、父も腹に据えかねていたらしい。もし誰かがいれば、バットで気が済むまで殴ったと思う。
 父が「誰もいない」というのを聞いて、私は「やっぱりあれは幽霊だったのだな」と思った。

 今になり、その時のことを時々思い出すが、「六人行者」は一人足りなかった。
 何となく、その「足りない一人」は、私だったのではないかと思う。足りないので、呼びに来たのだ。

 これよりかなり前に、夢に山伏が出て来たことがある。
 その山伏は奥州道中を南下して来たが、隣家の前まで来ると、具合が悪くなり、隣家の庭の外れにある大石の前に座った。
 そして、そのままそこで死んでしまった。
 その様子を間近でじっと見ている夢だった。
 朝になり、その夢のことを母に話すと、母はそのことを隣家に伝えた。
 すると、すぐに連絡が来て、「家に来てください」との由。
 私が隣家を訪問すると、そこの小母さんが庭の外れにある大石のところに連れて行った。
 「あなたが観た夢は、ここで本当にあったことだから、一緒にお焼香をしましょう」
 それから、その石にお茶とお線香を供えた。
 ここで死なれても、自分の家の墓に入れるわけにも行かぬから、「石の前に埋めた」そうだ。
 もちろん、藩政期のころの話だが、実際にあった出来事らしい。

 三十歳の頃になり、余りにも不審事(凶事)が続いたので、霊感師を紹介して貰い、教会を訪れたことがある。
 すると、その教主のO先生は、開口一番にこう言った。
 「あなたは神霊体という素質を持つ人で、霊の影響を受けやすい。だから早いうちに修行の道に入るべきだった」
 私は正直、「今さら『入るべきだった』と言われても、過去は変えようがない」と思った。
 先生は続いて、「あなたは幾度か山伏だったことがあります。志半ばで斃れたので、生れ替わっても、また山伏になろうとするのです」と言った。
 先生には言わなかったが、この時に「子どもの頃に夢に観た、あの『石の前で死んだ山伏』は、実は私自身のことかもしれん」と思った。

 そうすると、「六人行者が一人足りない」ことに辻褄が合って来る。
 これは息子の恐怖小説のエピソードに使わせようと思う。