日刊早坂ノボル新聞

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◎釜石の徴用工

釜石の徴用工

 父は昭和3年生まれで、終戦時には17歳だった。

 終戦の年には、戦時徴用で釜石の製鉄所に行っていた。

 製鉄所には、朝鮮半島から来た働きに来た者もいた。

 父によると、「いずれも出稼ぎで、募集に応じ集団で来た」ということだった。日本では昭和三十年台や四十年代には、地方の若者が大都市圏に向かったが、その「集団就職」と構図はまったく同じだ。

 その「朝鮮人」の徴用工がどんなだったかと言うと、「怠け者でまったく働こうとせず、不平不満ばかり言う」者たちだったと言う。

 あと、「嘘つきで、背中を向けた瞬間に別のことを言う奴ら」だと言っていた。

 これを始めて聞いた時には、私は小学生だったが、「何もそんなに悪しざまに言わなくとも」と思った。

 だが大人になり、実際に生身の韓国人の言動に触れてみると、父の言っていたことは真実だと思うようになった。

 日本に働きに来たことを「強制連行された」と言っているが、強制したのは、そいつが育った家庭環境であり貧困だ。

 基本は嘘つき。利得のためなら何でも言うし、そのために被害主張をする。

 もちろん、以上は釜石の製鉄所の話で、他の工場のことは知らない。だが、訴訟を起こしている者の中には、「釜石で働かされた」と言う者もいる。

 父はその現場にいた当事者で、その当事者が「例外なく出稼ぎ労働者」だったと言っている。

 戦時徴用には日本人が多く参加しているのに、何故かそこで実際に見聞きしていた者には、メディアは絶対に状況を訊かない。

 

 ま、そもそも、この件は50年以上前に決着していた話で、何らかの補償が欲しければ韓国政府に請求すべき話だ。

 ギリシャの賠償(お替り)請求に対し、ドイツのメルケル首相は「鼻で笑って否定した」が、日本人はそういう姿勢で良いと思う。