日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎心停止した時の経験

心停止した時の経験
 二十台の末の頃に、一度、心停止の経験があるが、大体、2分弱くらいの間だったらしい。
 この間、脳に酸素が行かなかったせいなのか、この日の前後一年間くらいの記憶がほとんど消失した。
 それが具体的に何歳の時で、その年に何があったか、みたいなことは、完全な白紙だ。28歳か29歳の時だったことは確か。
 もちろん、この他にも断片的な記憶はあるが、主に心停止直前の状況だ。

 十二月だったと思うが、父が黒豆の取引のため上京していた。
 父は練馬の私の部屋に三日間泊った。
 父と一緒に雑穀問屋に営業に回ったが、その日は風邪で熱が出ていた。出掛ける直前に風邪薬を飲んだ。
 上野や秋葉原の雑穀問屋を回ったので、体が冷え、全身に痛みを覚えた。夕方、出先から帰ろうとした時に、寿司屋に寄り、ビールを飲んだ。
 帰宅して、シャワーを浴びたが、フラフラだった。

 夜半になり、鳩尾が重くなり目覚めた。
 じっとしていたが、ずっしりと鉄アレイか何かを載せた感じになったので、父を起こし、「ちょっと胸が苦しい」と伝えた。
 この先は、後で父その他から聞いた話が混じっている。

 父はかなり動転し、「すぐに救急車を呼ぶ必要がある」と考えた。
 ところが、部屋には電話があったのに、それを使わず、練馬駅の方に走って行った。
 真夜中で、元々さびれた西口の方は店が閉まっていた。
 駅前にまだ開いていたピンサロが一軒あり、父はその店に飛び込んで「息子が急病になったから救急車を呼びたい」と伝えた。
 その店の店主が救急車を呼んでくれ、東口の消防署から救急車が来た。アパートから消防署までは300㍍で、他に急患がいなかったらしくすぐに来た。
 練馬駅の東口数百㍍のところに、救急指定のクリニックがあり、そこに搬入された。

 この先は少し自分で覚えている。
 術台の上に載せられ、器具を装着されると、すぐに電子音が「ピー」と鳴った。テレビでよく観る「心電図の波が直線になる」ヤツだ。
 医師が心臓マッサージを始めた。

 気が遠くなっていたが、次に我に返ると、私は医師の横にいて、その医師が誰かの胸をマッサージしているのを見ていた。
 その患者の顔を見ると、私自身だった。
 この同じ時に、私は廊下で、そこにいる人たちの姿を見た。
 長椅子に父が座り、その周りを三人の救命士が囲んでいた。
 「若い人でも突然、心不全を起こす方がいます」
 なんだか、父を慰める口調で話していた。
 たぶん、この時、医師が心臓マッサージをしているのを救命士たちも知っていたと思う。

 最近思い出したのは、この先のことだ。
 「マッサージを受ける自分」「廊下で話を聞く自分」がいるのと同じ時に、「道に立っている自分」が別にいた。
 練馬の路上に立ち、道の先の方を見ている。
 街灯はあるのだが、どれも点いていなかったと思う。
 ぼんやりと、「この先に歩いて行けば、峠道があるだろう」と思っていた。暗い峠で、それを越えて行けば、別の街がある。
 現実には、練馬駅から東に向かう道路は峠には繋がっていない。

 この時、「ズシーン」「ズシーン」と揺れが来た。
 かなり大きな振動だ。
 すると、その瞬間、私は寝台の近くに立っていた。
 寝ている患者(私)を見たのは一瞬で、気が付くと、私はその寝台の上に寝ていた。
 地震みたいな揺れは、たぶん、私の鼓動だった。

 ここから先は殆ど覚えていない。
 この日の夜は、そのクリニックに泊ったと思うが、次の日にどうやって帰ったのか、まったく記憶がない。
 クリニックに搬入された後の出来事を父にも訊いたが、父はよほど驚いたらしく、「どういう訳かどうやって帰ったのかも憶えていない」と言っていた。その当日の出来事もすっかり忘れたそうだ。私自身は心停止の影響だと思うが、父の記憶まで消えたのは不思議だ。

 ちなみに、「父が駅前のピンサロに駆け込んで」という経過を聞いたのは、そのピンサロの店主からだった。
 練馬のリーチ雀荘で、たまたま麻雀を打ったら、「その店の経営者」だと言うので、私の経験を話したら、詳細に憶えていた。
 組関係の人だったが、ある意味、ヤクザは私の命の恩人でもあるので、以後はその世界の人にきちんと向き合うようになった。
 あの時、その店主が父の訴えを撥ね退けていれば、私はたぶん死んでいた。
 ピンサロ、消防署、救急指定クリニックが、いずれも数分内のところにあり、父が部屋を飛び出てから15分で病院に着いた。
 致命的心房細動が始まったら、40分くらいで心停止に至る。

 面白いのは、二分弱の心停止中に見たものだ。
 そのうちの私(1/3)は路上に立っていたのだが、どっちの方向に何があるかが分かったし、道の先を辿って行った場合の光景も予知していた。
 その後、幾度も「峠道」の夢を観ているが、夢の中でその先の街にも行ってみている。たぶん、ただの夢ではなく、どこかであの世界に繋がっていると思う。
 峠の先については、あまり思い出せないが、時々、ふっと蘇ることがある。