日刊早坂ノボル新聞

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◎古貨幣迷宮事件簿 「称浄法寺鋳浚い改造銭」

称浄法寺中字 鋳浚い改造銭。解説頁は前に作成したもの。

◎古貨幣迷宮事件簿 「称浄法寺鋳浚い改造銭」

 この品を入手したのは平成の初めの頃で、もの凄く高額だった。

 浄法寺天保の鋳浚い母の発見数は、トータルで十数枚と言われており、江戸本座銭を加工したものなどは極めて丁寧に作られている。南部天保を台にしたものは、台自体が粗末なので製作が若干劣る。

 谷の砂跡を擦り、平坦にならしてあるので、「型取りに使用するために加工した」のは明白で、「母銭」または「母銭式」と書いても良さそうだが、加工の中途で完成していないところから、「改造銭」に留めた方が良心的だ。

 なお、実際に母銭として使用していれば、外見の印象はどうであれ、「母銭」である。この鑑定は比較的容易で、デジタルスコープで拡大すると、谷の部分には細かな摩耗痕が見える。砂笵ではかなり上から大きな圧力を掛けるので、当然均一に近い細かな摩耗が生じる。これは使用による線条痕とは全く異なる。

 

 ただ、鋳浚い銭は地金の印象がすこぶる悪い。十円玉を擦ると地金の色が変な風に鮮明になるが、それと同じである。加工した感がアリアリだけに見栄えはしない。

 この品も当初は地金色が明るかった。

 その後、三十年も机の上に置いたままだったが、ようやく自然な古色が乗って来た。

 これで自然な時代色に変化したわけだが、こう見ると、台自体は「半仕立て」のものと同一のようだ。素材を「半仕立て」グループから取り、「鋳放類」の製造の時に母銭利用しようとした。ま、肌が荒れ気味だから、確たることは言えぬし、それほど細かな線引きをする必要もない。根拠の薄いことには「分からない」とするのが科学的な対応だ。

 いずれにせよ、半仕立て、及び鋳放類の双方について、かなりの小型銭が存在しているので、同じような手順で母銭を補ったのだろう。

 古貨幣の場合、歴史の証拠品としての扱いだけでなく美術品や工芸品としての意味もある。その意味では、古色が乗ったことで、かなり良くなったと思う。

 資料的には、藩政期の品、半仕立て銭、鋳放し銭の相違点を説明できるので、これ一枚で説明が可能になる。

 少し再検討が必要な気もするが、もはや私の領分には無い。

 評価は、資料的な意味を踏まえ、藩政期の一般通用銭よりは上でよいと思う。

 こういう感じのは、それなりの入手機会があれば買っておくべきだった。

 型分類と違い、制作に使用した工具はごく少数の機器(台数)によるから、何百枚も集める必要が無い。

 まだ遊べそうでもあり、売れてしまわずに良かったと思う。この辺を攻略すれば、称浄法寺銭については、単なる印象論に留まらぬ、自分なりの見解が持てる。

 注記)既に趣味関連は、生活の中のごく僅かな一部になっている。あくまで推敲も校正もしない範囲での記述である。