日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎隣の部屋の会話より

隣の部屋の会話より

 火曜に病院に行き、更衣室で着替えをしていたら、隣りの女性用更衣室から声が聞こえた。

 「私はもう死んでもいいと思ってるの」

 この声は80歳くらいのバーサン患者だ。

 すると、これに76歳の患者が「そんなことは言わないでください。ダンナさんが悲しみます」と対応していた。

 これを聞き、当方は「さすが女性の方がしぶとくて、長生きする」と痛感した。

 「死んでもいい」は、まだ目の前に「己の死」が具体的なかたちであらわれていない者の言い草だ。はるか遠くにあるもので想像だけ。

 死を間近に見ている者の姿勢はたった二通りで、「まだ死にたくない」か、「もう死なせて」だ。

 そもそも八十ババアの方は、透析治療を受けるようになり十数年経過している。76歳ババアの方は5年くらい。

 男性なら十数年生きている者はごく少数派だ。

 死が間近に見え始めた途端に、大半の者が「死にたくなくなる」と言うが、これは本当だ。

 そこで初めて、それまでやって来たこと、まだ出来ていないことを自覚するようになる。「まだやり残したことがある」から「死にたくない」と叫ぶ。

 当方もそう思うが、当方の場合は「このまま死ぬと、間違いなく悪霊になり、この世に災いをもたらす」と思うからだ。 

 よりよいかたちで死後の世界に入って行くためには、知るべきことや踏まえて置くべきことがある。

 ともあれ、あのバーサンたちは、たぶん、「俺より長生きするだろう」と確信した。