日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎科学が「ただの信仰」で、かつ「迷信」に過ぎないことを示すもの

◎科学が「ただの信仰」で、かつ「迷信」に過ぎないことを示すもの

 これが「偶然の産物だ」と思えるなら、幸せに生きられる。とりあえず死ぬまでの間は、だが。

 今気づいたが、女の憑依霊の後ろにも眼が開いている。

 やはり、私の背後でよく起きるように、後ろに亡者のムカデ行列が続いているものとみられる。

 ただ、直接的に「災いをもたらす」というより、「心に働きかける」という要素のほうが大きい。幽霊が寄り憑いたからと言って、それが直ちに凶事に結び付くわけではない。当人が心を強くし、寄り憑いた者の囁き(誘惑や勧誘)に負けなければ、悪影響は少ない。

 死ぬと「自我だけの存在」、言い換えれば「こころ(感情)だけの存在」になる。これから逃れるには、自我を解体し、総ての執着を捨て去るしかない。それが解脱だ。

 

 こういう事例は数限りなくなくある。それをどう説明するのか。

 ま、「科学的でない」みたいなことを口にする者で「科学論」を学んだものは少ない。あの世に関する合理的および科学的な見解は「現状ではよく分からない」だ。

 

 ちなみに、目視するかしないかは、専ら「可視域」と「光学的な条件」の関係性による。条件を整えば、姿を捕捉しやすくなるが、あの世の者は基本的に、煙のような光のような状態でいることが殆どだ。

 見慣れると、その煙の様子で、それが男なのか女なのかを推測出来るようになる。

 

追記1)その他の状況はこんな感じ。

 隣の女性には悪意が向けられているが、これは「頭に煙玉が出ており、その内部に悪心を持つ眼」があることでそう判断出来る。この後四年が経つが、女性は無事だろうか。