◎病棟日誌 R060806 一本欠けてもでも歩けない
朝、患者のNさんに会った。
Nさんは当方と同年の入棟で、病状や経過が似ている。
今年は動脈硬化の影響で、足の指が腐ったが、ほぼ同時期にそれが起きた。今回、当方は切らずに済んだが、Nさんは右足の中指を切除した。これが進行すると、いずれは足を切り、脛を切るようになる。動脈硬化は自覚症状が殆ど無いので、気付いた時には組織が壊死している。
Nさんは指切除後三か月経過したので、歩いて病院に来ている。
だが、杖がないとうまく歩けぬそうだ。
「無くなったのは中指一本で、そこには隙間を埋める義指が入って居るが、しかし、上手く体を支えられない」
普通にしている分には痛みは無いが、足を洗ったりする時に患部付近を手で触ると、激痛が走るそうだ。
つくづく「指はよく家族に例えられるが、まさにそれと同じだ」と思った。
普段は、存在することすら意識することが少ない。
それがあるのが当たり前だからだ。
だが、いざ一人欠けると、もはや家族、家庭生活が成り立たない。
何をするにも立ち行かなくなってしまう。
ひ弱に見える小指でさえ、怪我をして力が入らなくなると、その途端にまともには歩けなくなる。踏ん張れなくなってしまう。
こういうのは、実際に経験して見ぬと全然理解出来ない。
当方の足指の傷は治ったが、皮膚が弱くすぐ傷がつくから、いつも絆創膏を貼るか包帯を巻く必要がある。
指には神経が集まっているので、一度その神経に損傷を与えると、傷の有無に関わらず痛みが出る。これは神経損傷による痛みだ。
こういうのは一度線を越えてしまったら、もう戻れない。
若い頃と違い、組織が再生するスピードが五六倍遅い。
小さいかすり傷が目立たなくなるまで、二年掛かる。
と書いても、特にそれを嘆いているわけではない。
別にこんなもんだわ。
この数年は繰り返し「来月までもつかどうか」という状態に直面していた。
指なら、あるいは足一本なら、どってことねえわ。