◎病棟日誌 R061105 「ハンガーが溜まるわけ」
朝、更衣室に行くと、ハンガーラックに眼が行った。
「随分ハンガーが多いよな」
ここは通院病棟とはいえ、病状が重い患者が多いから、病院に上着を着て来ない人が多い。車で来て、そのまま病棟に入るからほとんど必要が無いので、最初から着て来ない。入院患者であれば、パジャマのまま来るから、元より上着の必要が無い。
ハンガーラックに上着やコートを掛ける人は10人かそこら。男女ともロッカーは35人くらい分の筈で、男性用更衣室には10人弱の上着がかかる。
だがハンガー自体は25から30個くらい下がっている。
ハンガーの大半には名前が書いてある。
「共用のを使うのが嫌で、家から自分用のを持ってくるわけだな」
ここで謎が解けた。
通院しているうちに、入院病棟に移ったり、あの世に向かったりして、ハンガーを使わなくなる。持ち帰る人が消えたので、ハンガーの方はそのまま残っている。そういう状況だ。
「傘」は少し事情が違う筈で、ロビーの傘立てよりも病棟の入り口の方が本数が多い。忘れ傘というわけでもないだろうとは思っていたが、傘を差してきた人がそれを置いたまま帰る(もしくは帰らぬ)には特別な理由がありそうだ。
ちなみに嘆いているわけではないので念のため。
「面白い」までは行かぬが、ふと「何故だろう」と考える素材だったということ。
自分や病棟の状況を眺めて嘆く時期はとっくの昔に過ぎた。
純粋に謎解きへの関心による。
いつ死ぬかは分らぬが、普通の人より「かなり近い将来」であることは疑いないから、死刑確定囚に似ているのかもしれん。
確定囚は執行当日まで、自身の処刑の日を知らされない。
最近、病棟で過ごす時間が退屈で仕方ない。
半日ただ固まって寝ているだけなので当たり前だが、ベテラン看護師がいた頃には無駄話が出来た。
「ウエキさん。帰って来て」
ウエキさんは「騒がしい系」の五十ババアなのだが、気さくで明るく、細かいことに気が付いた。
当方が体調を崩し、苦しんでいた時には、真剣に「心臓の治療をしなくては駄目だ」と忠告してくれた。
ちなみに、稲荷の障りで体重が激減していた時で、青黒い顔をしていた筈だ。もちろん、自分の状態が「体が起源の病気」ではないと承知していたから、心臓の治療については頑として断った。やれば術中に死んだと思う。
どっちが正しいかは、ほれこの通り、一切音外科治療を受けなかったのに、こうやって生きていることで分かる。
破魔の作法を施しているうちに、悪縁が去った。もちろん、消滅することは無いので、時々、隙を伺いに来ていると思う。
脱線したが、「常に明るくポジティブ思考のオバサン看護師」は患者の心を拾い上げてくれる存在だ。
いつも「50ババア」などと悪口を言っているが、看護師みたいな職業を長く続けていられるには善意の裏付け(動機付け)が不可欠だと思う。よって世間の「五十ババア」とは少し違う。
「具合が悪い時、患者には医師や看護師が天使に見える」と伝えるとウエキさんは喜んでいたっけな。
おべんちゃらではなく本心だが、若い看護師らは全然「天使」には見えぬので、五十台以降の人限定だわ。