◎病棟日誌 R061119 市民マラソンと蕎麦
七年くらい同じベッドにいたが、内側の柱の傍だ。スマホが繋がり難い上に、この病院にはワイファイ設備がない。
最近はほぼ「まったく繋がらない」状態になったので、窓際のベッドに移して貰った。
これが、かつて長く隣にいたガラモンさんの二つ隣りのベッドだった。
ガラモンさんの前を通ると、話し掛けられた。
「移ったの?」
「ワイファイが繋がらないのですよ」
「繋がった?」
「いや全然」w
「私の隣に来ればいいのに」
旧知の仲だから気易くて良いが、そのベッドには80歳くらいのジーサンが入っている。押しのけるわけには行かんだろ。
5年以上も隣のベッドだったから、「親戚」か「別れた夫婦」みたいな感じになっている。
最近、ガラモンさんはかなり痩せて、ほっそりして来た。そろそろガラモンじゃあなくなりそう。
「随分痩せたね」と言うと、「そちらだって」。
ま、当方のは稲荷の祟りによるものだからな。
世間の人なら「痩せて」見栄えが良くなると考えるわけだが、ここの患者は、痩せると、棺桶にまた一歩近づいたことを意味する。
治療中、栄養士のババさんがやって来た。
先週の検査でカリウムが5.7(単位忘れ)だったから栄養指導に来たわけだ。
「また実験しましたか」
「はい。生野菜サラダを二日続けて食べてみました。定食の付け合わせ程度の量です。大体一回0.3くらいですね。なら家で1度は食べられるってことです」
標準量の目安は5.0くらいだが、5.3くらいなら別段異状は起きない。5.7は微妙だが、生野菜サラダ1回なら安全圏だ。
「基準を完全にクリアしようとすると、大体は偏食せざるを得ず、体調を崩しますね。やはり色々と食べる必要がある。それなら食べられる量を計測すれば、役に立ちます」
「せっかくの実証実験ですが、他の人には適用できないですね」
よく分かっていらっしゃる。これはあくまで当方の体の許容量であって、他の人には適用出来ない。自分で調べるしかないが、その段階でしくじれば、それが命取りになる。
ここからマラソンの話になった。
今年も盛岡の市民マラソンに出て来たそうだ。
コースがどうの、街並みがどうのと、地元を知らぬ者には出来ない話題だから、ババさんは二十分くらい盛岡の話をする。
今年から繋に行くコースではなくなったそうだ。
成績を訊かなかったが、シニア女子の部?で、大体3位とか5位だから、趣味のレベルではないわ。毎日十キロだか二十キロだかを走っている。
ここはまあ、お付き合いで、喜んで貰うための話題だわ。
当方など百㍍走ったら、かなりヤバいぞ。
前回までは、マラソンの途中で蕎麦が振舞われたが、さすがに競走中に蕎麦を食うのは無理。今年は完走した後で出してくれたとのこと。
「それなら、冷たいというより、ぬるい蕎麦ですね。わんこ蕎麦くらいの」
秋の涼しい空気の中で運動をして、蕎麦を食ったら、さぞ美味いだろうな。
ああ、わんこ蕎麦を二十杯だけ、ゆっくり食べたいぞ。
わんこ蕎麦は薬味、具材が沢山出るのに、殆ど使うことが無い。ゆっくりと味を変えて食べたら、かなり楽しめる。
て、いう商売も考えたっけな。
駅前の立ち食い蕎麦屋で、最初に薬味が六通りくらい入った小箱を出す。次に小ぶりのお椀に入った生蕎麦を一杯出す。リクエストがあれば、また一杯。その都度味を変えて食べられる。ひとセットは概ね三杯見当。立ち食い蕎麦でも、たぶん、天下は取れる。
季節の変わり目が来て、やたらベッドの空きが目立つ。
あのジーサン、このバーサンは別の病院に入院したと見える。
線を越えたら、ま、戻っては来られないと思う。
今は当方よりも遅く着て、当方よりも早く帰る人ばかりだ。
状況的にヤバいのなんの。