◎病棟日誌 R061121 まだ死んでねえぞ
朝、車のところに行き、車と「アヤコさん」に挨拶した。
「今日も宜しく頼みます。もうウチの家族になったのだから、仲良く行こう」
前の持ち主はさいたま市在住だったようだが、「ア※※」と呼ばれていた気がする。
ただの直感なので外れていそうだが、そのうち正解を引き当てると思う。正解なら必ず反応がある。既に亡くなっている人なら、当方と気が合う筈だ。
とりあえず当面は「アヤコさん」で、次は「アキコさん」あたりか。
病棟のベッドは今やスカスカだ。
前のベッドの隣二つは入院患者用で、空きスペースになっている。ベッドごと運ばれて来るわけだが、この日はもう二つとも空いていた。先週の入院患者はもう旅立った。
向かいのジジババもいなくなったが、たぶん、介護施設に移ったと思う。通院出来なくなったが、慢性病患者で、弱ってはいるがはすぐ死ぬわけではない患者は、入院病棟でなく介護施設に移るわけだ。なるほど。
そこでもし病状が回復したら、また戻って来るから、下駄箱の名札がそのままだ。
それなら同期入棟のAさんだって、死んだわけではないかもしれん。しんどそうだったが、「まだ早々くたばるような感じじゃないですよ」と幾度か声を掛けたので、もし亡くなっていたら化けて出るかもしれん。
「死なないって言ったのに」
いやいや、かなりヤバいとは思ったが、そこは励ますでしょ。
死にそうな者に「あなたはかなり危ないです」と言う者はいない。
Aさんの名は下駄箱に残っていた。きっとまだ生きてら。
かなりヤバいけど。
入り口で通勤するエリカちゃんに会った。
固定観念があるから、私服を着ていると誰だか分からない。
「26、7にしか見えねえな」と言うと、「またまたあ」と返して来た。
こちらはリップサービスではなく、本当にそう思う。
気立てがよく、性格が明るいと、やぱpり若く見えるわけで。
「それなら俺はもはや偏屈ジジイだわ」
そもそも身体年齢は実年齢より十五歳は上だし。
「でも、俺だってまだ死んでねえぞ。簡単にくたばると思うなよ」
生きていれば、苦しいことが多いが、楽しいことも見付けられるわけなんで。
死を直視してからの日々の価値は、それまでとは全然違う。
庭木の枝を払う時に「痛いだろうけど」と断り、雑草の手触りに命の息吹を感じて手を止める。
この一分一秒が贈り物だわ。