◎病棟日誌R061126 悪戯者の小鬼
朝の検量は介護士のバーサン。バーサンは大体75歳くらいだと思うが、元気よく働いている。
「どこか痛いところは無いの?俺なんざ全身漏れなく痛いんだが」
「今は全然ないよね。全部良くなった」
そーですか。きっと俺より十年は長生きすると思うよ。
ベッドに座って待っていると、この日の問診はオヤジ看護師のタマちゃんだった。
薬の話をあれこれする。
「体温をまだ測っていませんね。はいどうぞ」
差し出された体温計を右の脇に挟む。
ここにこの日の穿刺担当のオヤジがやって来た。40代前半のようだから、オヤジは可哀想か。名前は忘れたか、あるいは知らない。
「じゃあ、体温計を」
そこで右の脇を探ると、「ありゃ。体温計が無い」。
この日は作務衣だったから、複の中をくまなく探すが、どこに行ったか見付からない。
「また始まったか。時々あるんだよね。小鬼が出て来て、ちょっとした物を隠す」
看護師と一緒に服の中はもとより、ベッドの布団を引っぺがして探したが、どこにもない。
も一人の看護師が来て、看護師三人でベッドの周囲をくまなく探すが、どこにもない。
当方は上着を脱いで、全部当たって見るが、固い物はまったくなし。
「ほらね。前回イヤホンが消えた時には、ベッドの真下の床の上に落ちていた。しゃがみこまねばそこには入れられない」
「へええ。解せぬこともあるんですね」
「帳簿には俺のところで紛失と書いといてください」
消息不明のまま、この日の治療に。
終わりの抜針は、朝、針を打った看護師だった。
「あ。あった」
看護師は当方の頭の左横に体温計があるのを見付けた。
「おかしいな。ここは幾度も見ましたね」
「俺なんぞ、顔の横だわ。それで見えない」
だが、脇の下に挟んだ体温計を誰がそこに置いたのか。
「とりあえず、これから俺のことは手品師って呼んで」
ま、この数日は異変が続いているから、これくらいは別にフツーだろ。
当方はまた「かたを取られた」のかと思った。
何か頼みごとを叶えると、あの世の者は「かた」を取るのが普通だ。
そういうのがあるから、無暗に現世利益を神仏や精霊に頼んではならない。出世は己の才能と努力でやり遂げろ。
運はただではないわけで。
いつもガラモンさんにお菓子を頂いているので、この日は少し高級なチョコを持参したが、ガラモンさんはこの日は不在だった。病棟を出る途中でTさんに会ったので、そこでそのチョコを渡した。
「食欲がない時はとりあえず甘い物でも食べて」
これを周りで見ていた者は、当方がTさんに何かあるのかと思ったかもしれんが、当方はTさんの家の仏間にいるお婆さんの方を見ている。Tさんは当方の助言通りに癒し水を供えているのか、食事を摂れるようになったそうだ。