日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟日誌 R061228 止血バンド

病棟日誌 R061228 止血バンド
 看護師の立ち話を間近で聞いた。
 アラ40女子の患者Ⅰさんの血管に閉塞音が聞こえるから、医師と相談して検査に回す必要があるが、その医師が不在らしい。
 Ⅰさんの採血場所は首だから、首の血管が詰まっているという話だ。
 先日、その血管を直す手術を受け、さらにそれで感染症を引き起こし入院して来たばかりなのに、また不具合が発生したようだ。ま、循環器系は治療した直後がもっとも再発しやすい。
 二十台の時に急性腎不全になったが、それから十数年経っているから、動脈硬化がかなり進行している。全身の血管が細くなっている筈で、こういうことが起きやすい。
 若くて一番良い時期を病院で過ごして来たのに、今も苦難が続く。
 ま、どんな人もいずれは同じようなことを経験する。癌で死なず、心筋梗塞脳梗塞で死ななかったら、いずれ腎不全になり、最後は心肺症状で死ぬ。他人事ではなく、必ずだれもが通る道だ。

 ちなみに、日本人の死亡数はざっと年百万人だが、心疾患、脳血管疾患、癌、肺疾患などが中心だ。腎不全患者は30万人でその大半がその年の内に亡くなるのに、統計の死亡数上位ではない。これは急性腎不全で死ぬ者以外は、直接の死因が別のカテゴリーになるからだ。大体、心肺症状が原因で、心不全か肺炎が死因になる。要はいずれも特別な人にだけ起きるものではなく、必ずどれかが起きるということ。

 長生きすれば腎臓病棟に来る可能性が高くなり、高齢で来た者ほど短期間のうちにこの世を去る。筋金入りの終末病棟がここだ。

 この日の当方の穿刺担当は若手看護師だったが、30歳くらいで仕事に慣れている。覚えが早くて要領が良いのだが、こういうのがもっともしくじる。止血のやり方などは自己流で、針を抜かずにバンドでぎゅうぎゅう締めてから針を抜く。面倒がないわけだが、だが刺さっている箇所に圧力を掛けると、刺し口が拡がることがあり、血が止まらなくなる。
 この日は案の定、止血後にかなり出血し、タオルやシーツが赤くった。
 こういうのは誰かが注意すべきだと思うが、そこはそつなくこなす者なので、看護師も患者も言わないようだ。

 包丁職人が一人前になるまで十年二十年かかると言われるのは、嫌と言うほど反復練習をするからだが、目的はリスクの回避だ。美味しい料理を出すことなら、人によっては半年もあれば習熟するし、実際に殆ど素人なのに数か月でミシュランの星を貰ったシェフがいる。だが、修行の目的は完成物ではなく、徹底したリスク回避だ。厨房であれば、とにかく清掃と消毒を徹底する習慣を体で覚える。頭で考えずとも体がし善意動くようになるまで反復する。これは一生に一度歩かないかの食中毒のリスクをゼロに近付けるためだ。
 看護師ならなおさらで、一生に一度のミスが発生すれば、その患者が死ぬ。やり直しは出来ぬし取り返しがつかない。
 決まりやセオリーがあるのはそのためで、武道の型と同じ。
 何千人もの修行経験を踏まえ、最も適切な方法を体に覚えさせるためのものだ。
 思い付きで「この方が効率的だよな」という方法を取らぬのは、リスクを徹底排除するためだ。
 専門的職業では、サクサクと仕事を覚え、短期間で先に進む者よりも、じっくりと構え、その都度立ち止まって考える者の方が大成すると思う。
 創意工夫は自分自身い大してする者で、客に対してではない。

 止血バンドが血で汚れたので、備え付けのバンドと取り換えて貰った。病棟で洗浄し、時間取り換えて貰うわけだが、その借りたバンドの裏を見ると、名前が書いてあった。
 秋口まで病棟にいた高齢患者の名前だった。その人は当方のベッドの向かいにいたから病状はつぶさに承知している。
 最後は「俺はもういいから」と治療を拒否していたが、血中酸素飽和度が80%くらいだったから、相当苦しかったはずだ。
 その患者の止血バンドが使われずに、ナースステーションに残っているということは、あの患者はもうこの世を去ったということだ。
 腹を括って潔く去った散り際が見事なほどだ。

 入院病棟から新しい患者が数人来るようになったが、いずれも心電図が付着させられたままでピコピコ音があちこちから鳴り響く。
 生き死にを常態的に見ているので、殆ど無感動になって来た。
 医療従事者と同じような状態のようだ。