◎夢の話 第1165-1167夜「峡谷」「麻雀」「カフェテリア」
◎夢の話 第1165-1167夜「峡谷」
「峡谷」
我に返ると、どこか知らぬ峡谷の入り口に立っている。
切り立った崖の間を進んで行くと、遠くにチラホラ赤や白の色が見える。
灌木の向こうに見え隠れしているのは、人の服だった。
近づいてみると、木々の周囲に散らばっていたのは、夥しい死体だった。
いずれも子どもだ。
「何百人だろ」
そのまま進んで行くと、俺は自分の考えが間違いであると悟った。
「この谷には子どもの死体が溢れている。何百人ではなく何万人だ」
なんでこんなことに。
これはすぐに察しがついた。
「ウラジミールの仕業だわ」
だが、これをもたらした真犯人はババ・ヴァンガという盲目のバーサンだ。
目が不自由なバーサンはあれこれと想像や妄想を思い描いて、色んなことを言った。
これを現実のことに当て嵌めようとする者が出て来て、一躍、このバーサンは予言者みたいな扱いになった。だが、その大半は受け取る側の解釈による。
「双子に鳥が飛んで来て当たる」と聞いて、ある者は2001年の出来事を思い浮かべた。
「当たっている」「当たっている」!
だが、バーサンが見たのは、あくまで二人の子どもとカラスみたいな鳥のことだ。
予言など受け取る側が予言だと思うから、そう見える。
実際、ババ・ヴァンガの「予言」を検証すると、1割も実現していない。
しかし、一時は欧州で有名になり、幾つかが紹介された。
その一つが「ウラジミールが世界を制する」みたいなヤツだ。
これを真に受けたウラジミールの一人は、アレクサンドルになるのを夢見て、欧州征伐に乗り出した。
その結果がこれだ。
「なら俺も予言するぞ。ウラジミールの孫はベッドでは死ねない。戦争を起こし、金相場で大儲けした子や孫は今は欧州の安全なところで暮らしている。だが必ず因果はめぐるからな」
ここで覚醒。
「麻雀」
瞼を開くと、四人で卓を囲んでいた。
対面には五十台の男がいる。
「コイツとはあちこちで会ったな。安いレートの店でも高いレートの場でも時々目にした」
半生をバクチに費やして来たヤツだから、かなり手強いぞ。
「雀ゴロ」なんて人種は、小説や映画の中だけのもので、命を削るような場にはいない。もちろんゼロではなく、安いレートの卓には毎日それだけやっている者がいるのだが、日に数万の上下の話だ。
コイツみたいに高い卓安い卓関係なく打つ奴は、どんな相手でも対応出来るから、マイナスが少ないしつかぬ時でもそれなりに凌げる。
下家は30台半ばの男で、打ち慣れた風を装っているが、ベースが仲間内の仕草だった。
リーマンが同僚と打って、何時も勝てていたからここに来たのだな。
そもそも基本的なマナーを知らない。
もっとも基本的で単純なイカサマは、「右で三枚積もって左で二枚戻す」という手口だが、これには両手で山に触れる必要がある。一局で複数回この動きをしたら、実際にやっているかどうかは関係なく、その晩のうちに指を折られる。
山に触れる時には、事前に「前に出します」と断って、両掌を晒して見せてから動かすのが暗黙の決まりだ。
この他、言外の決まりが幾つかあるのだが、「破れば半殺し」の局面を自覚出来ぬのは、こういうところで打ったことがない証拠だ。そもそも自分の手を見て麻雀を打っている。
場慣れすると、手ではなく、周囲の状況を見ている。
「バクチ打ちが最優先で考えるべきことは、どうやって無事に家に帰るかってことなんだよ」
これを俺は無意識に口に出していたらしい。
上家が反応して、「え。何?」と聞き返した。
左側に顔を向けると、あんれまあ、俺の昔の彼女だった。
「ありゃ、真紀子じゃないか。何故こんなところに」
「たまたま誘われたからついて来た」
ああ、なるほど。下家の男が今の彼氏なんだな。
尻の軽い女だとは思っていたが、こういう男が合うわけだな。
「茶碗の中の蛙ってヤツだな」
「え?」
すぐにこの先の展開が見える。
下家はいずれトラブルを起こして、長椅子の方に座っている若い衆にボカスカ殴られる。
その男の彼女なら、この女も。
俺は手を挙げて、マスターに叫んだ。
「俺はこれでラス半にします。用事を思い出した」
カウンターの奥からマスターが答える。
「まだ来たばかりじゃないの。もうちょっとやってよ」
「今日は勘弁して」
みたいな話をしているうちに、真紀子が西を切った。
俺の当たり牌だ。
思わず眉間に皺が寄る。
(俺が一色手だってのは見て分かるだろうに、何でそんな牌を放る?)
二役ホンイツトイトイで跳満だ。
俺は一瞬手を止めたが、そのままスルーして山から牌をツモった。
(この二人、ここのレートを知ってて打ちに来たのかな。)
酒でも飲んでて、誰かに誘われて来たんじゃあないのか。
この俺の複雑な表情を対面のオヤジが見ていた。
オヤジは真紀子の顔を一瞥して、もう一度俺に眼を戻すと、クスリと笑った。
(このオヤジ。俺とこの女が過去に関係があったと気が付いたな。)
ま、いいか。この局が終われば俺は抜けるんだし。
俺は西と一萬のバッタ待ちだったが、西の三枚目を真紀子に放られたので、上がり牌は それぞれ一枚ずつになった。
「やな感じ。津田寛治」
次もやっぱりツモ切りで、河に牌を置くと、真紀子が大声で叫んだ。
「それロオオオン。跳満よ」
でっかい声だが、コイツはあの時の声も大きい。
見逃してやってるのに、まったく。
こういう「こっちの配慮が塵ほども視野に入らぬ」女だったから、別れることになったんだな。
俺はある意味納得した。
ここで覚醒。
「カフェテリア」
大学で講義を聴くのも、この日が最後。もう卒業だ。
大教室で受講した後、カフェテリアで休んで行くことにした。
もう卒業式までこの校舎には来ないから、周囲の景色に別れの挨拶をしようと思ったのだ。
白い丸テーブルにつき、コーヒーをゆっくり飲んだ。
そろそろ立ち上がろうとすると、誰かが背後から声を掛けて来た。
「お兄ちゃん」
振り返ると美紀がいた。
美紀は俺とは親同士が知り合いで、その家の次女。俺より三つ年下だ。
美紀の高校時代に家庭教師をしたこともあり、兄妹のような関係だ。
俺が四年になると、美紀もこの同じ大学に入って来た。
「もう卒業だね。お兄ちゃんはどうするんだっけ?」
「俺は進学する予定だね」
「良かった。まだしばらく一緒にいられる」
二年前の夏休みに、高校生の美紀が突然、上京して来た。
あちこちを案内したが、夕方になると「泊めてくれ」と言う。
女子を部屋に泊めたら問題があるから断ったのだが、「他に行くあてがない」と言うので、親に電話をして許諾を得てから泊めた。もちろん、俺は台所で寝た。
そこは律儀な田舎者だ。
ここにもう一人が現れた。
「もう卒業だね」
今度は有紀子で、俺の元カノだった。
有紀子は別の学部の四年生だ。
(そう言えば、二年前に美紀ちゃんが来た時には、まだ有紀子が彼女だったんだな。)
あれから二年か。早いもんだ。
「就職は早いうちに決まってたんだろ。広告代理店だっけ」
「うん」
有紀子はそのまま椅子に座った。
「こっちは美紀ちゃんで同郷の後輩。こっちは別の学部だけど友だち」
二人が互いに会釈をする。
一緒のテーブルについたが、知り合いのラインが違うので話が続かない。
それぞれ何か用事があって、ここに座ったのだろうけれど。
仕方なく俺は近況を話すことにした。
「こないだある女性と知り合いになって」
「え。誰だれ」と美紀が食い付く。
「たまたま免許の教習で一緒になった。スッキリした女性で、面立ちは女優の原田知世さんに似ている。免許が取れたし、もう会うことが無くなると考えて、ダメ元でデートに誘ってみた」
「へえ。どうだったの?」
「電話をしたら、最初に出たのが年配の女性だった。ごく丁寧な言葉遣いで『暫くお待ちくださいませ』と言うから、そのまま待っていたが、五分以上かかった。広い家なんだな」
「部屋まで何十メートルもあるような豪邸だ」
「たぶんね。それでその子が出たから、さっきの女性はお祖母さんかと訊いてみたんだよ」
二人がじっと次の言葉を待っている。
「すると、最初に出たのは『ばあや』です、と言うんだ。今時、『ばあや』だぞ」
実際、この子が暮らしていたのは、まるで麻生太郎邸のような大豪邸らしい。代々の資産家で、親二人に娘が一人。ばあや・ねえやが一人ずついる。
「俺みたいながさつな田舎者ではつり合いが取れんだろうと思ったが、何事も経験だ。誘ってみたら・・・」
美紀が顔を上げる。
「どうだった?」
「なんと。OKだってさ。誘ってくれるのを待っていたと言うんだ。誘った俺の方が驚いたわ」
「デートには行ったの?」
「明日が初デート。ま、長くはもたないと思うけどね。双方にとってあくまで乗継ぎ駅だろ」
それから、俺はその話に没入し、ついその女性についてあれこれと語った。
いつどの時にどういうことを口にした、みたいな細かい話だ。
ひとしきり話した後、美紀の顔を見ると、どこか落胆したような表情をしている。
(あれあれ。いつも「お兄ちゃん」と呼ばれていたが、美紀の心の中ではそれだけではなかったのか。)
視線のやり場に困り、真紀子の方を向くと、こっちも険しい表情だ。
(おいおい。お前にはもう別の彼氏がいるだろうに。まだ未練があるのかい。)
ここで俺は声に出して言った。
「俺には女心がまるで分からんな。お手上げだわ」
今のこれって、果たして「意外にもててた」という事態なのか?
ここで覚醒。
三番目の夢はかなり長い夢だったので、細部をはしょった。
現実に後輩の女子が「突然訪ねて来る」というケースが複数回あり、いずれもその日泊るホテルを予約していなかった。最初から当方のところに泊るつもりだったらしい。
人間は想定外の出来事が起きると、余計なところにまでは気が回らぬから、最初の女子は泊めてやって、自分は台所で寝た。二度目、三度目は「泊めた」と知れれば、世間では別の意味に捉えると気付き、半強制的にホテルに送り出した。
かなり後になって、「据え膳はきちんと食うべきだった」と反省した。相手側からすれば、あれこれ覚悟の上で出て来ているわけで、捨て身の戦法だった。それなら付き合ってみれば良かったのだ。
こういうのは想定外で、意識の外なので「もてた」うつには入らない。
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目覚めた直後に「日頃の感謝の気持ちを伝えるために、女房に花を贈ろう」と考え、すぐに買いに行った。ささやかな鉢植えだが、数日の間、家人の窓を明るくしてくれるだろうと思う。