◎病棟日誌R070426「山菜の美味さとリスク」
◎病棟日誌R070426「山菜の美味さとリスク」
左股関節がいよいよ痛くなって来て、椅子に殆ど座れない。
座骨神経痛だけではない感じで、たぶん、脚部大動脈のどこかが詰まっている。来週はエコーの検査を入れることになりそう。
(一度にキーを打てるのはここまでの数行。)
自力で通院するのもやっとこさで、2キロもない距離なのに、途中のコンビニで一時休憩し、脚の屈伸をしないと運転を継続できない。
足腰が弱り、杖を突くようになり、車椅子に乗る。車椅子からはふた月だ。これがここの患者の定番コースで、よくなることはなく、各段階を長く留めることしかできない。
数十人の「死に至る道筋」を観て来たが、足腰が悪くなりしんどそうな表情になると、もはや余命は半年だ。
車椅子からは二か月で、例外は一人しかいない。「お茶屋の小父さん」だが、この人は車椅子から一年くらいもった。スゴイ。
さあ、自分はどこまで行けるものなのか。
病気は主に心身に起因し、老化による劣化は止められない。
「あの世」が関わるのはほんの少しで、「お迎え」を遠ざけることによって、幾らかは死期を先延ばしに出来るとはいえ、それにも限界がある。
最後は寝たきりで四五泣き叫んだ末にこの世を去る。
多くが「死にたい」「もう死なせて」と叫ぶのだが、あれは動脈硬化が進行し、全身の組織が窒息するから、苦痛が桁外れだということ。実際、数分運転して、道端に休憩スペースを観つけられぬ時には私でも叫ぶ。脚一本でこれだから、これが全身なら絶叫すると思う。
私の場合は「死なせて」と叫ぶことはなく、「罵って、悪態を吐いて、誰かを道連れにするぞと呪って」死んでいくと思う。
死に際はどんな者でも見苦しく暴れるか、哀れな姿を晒すものだ。
気取っていられるのは、自分に明日があると思える者だけ。
久々に師長が機械の点検に来た。
師長はG県の山の中の育ちなので、風土・文化的土壌が似ている。
「竹の子とかコゴミが食いたいなあ」と口を向けると、やはりすぐに反応する。
「田舎にいた頃には、美味しいとも食べたいとも思いませんでしたね」
「そりゃ、いつもあったからだよ。採りに行けば幾らでも採れたし、自分で採らなくとも、近所の人がくれる。春先は毎日食卓に山菜があるから有難味がない。美味しい、食べたいと思うようになったのは、田舎を出て数十年経った後だわ」
「今は美味しいし食べたいと思いますね。ふきのとうの天婦羅でも美味しい」
ふきのとうは美味く食べられる頃合いが短く、ちょうど良い日が一日しかない。しかも朝採って、その日のうちに食べないと本来の味が分からない。料理の加減もあり、「ほんの少し苦みを遺す」くらいに仕上げるのに手間がかかる。
「俺の田舎の姫神山の周囲は伐採跡が広がった斜面がそこここにあるが、春先にはそんな斜面にふきのとうが何百万本も咲く。斜面一帯が真黄色になるんだよ」
その景観も見事だったが、その景色を見る度に「あと四五日早く来て採ればよかった」と思った。
ま、タラの芽よりは激戦ではないから、早く行けばよいだけ。
ところが留意する点もあるそうだ。
「山菜には灰汁がありますが、灰汁抜きをしても残ります。この灰汁に発癌性があるらしく、多食すると影響が出るそうです。東北地方で癌の発生率が高いのは、塩分を多く取り過ぎることや灰汁の摂取度が高いことに関係するという報告があるようです」
ふーん。なるほどね。
ここで師長が「そうだ。報告があります」と言う。
最近新しくできた彼女との交際の進捗状況について話し出した。
周囲に丸聞こえだが、私を含め「先のないジジババ」ばかりなので、一切気にせず普通に男女の話を始めた。
ま、誰がどんな病状かも筒抜けだからその手前の話など気にする者はいない。
「悪性の疑いがありますから検査を受けてください」
皆が聞いている前で宣告される。
だが、不思議なもので、自分だけにこっそりと伝えられるのではなく、普通に言われると、あまり動揺しない。周りのあちこちで同じような話が聞こえるので、気にならなくなるのだ。
ところで、師長は59歳だが、見た目は50歳 くらいに見える。やはり髪の毛があると若く見えるようだ。
新しい彼女はアラ50歳で、「バツ1子どもアリ」の女性らしい。
師長はもうやり直しの効かぬ年齢に達したが、間近に迫った老境を見据えて「何か足りない」と感じがちな頃だ。相手の方は子育てが一段落して、ふと気づくと自分が「寂しい」と気づく頃。双方の心の隙間がパズルを嵌めるるように合わさる。
「トラブルにはならないと思うが、もしなりそうなら、ただひたすら謝るといいよ。言い訳は一切なし。あと嘘をつかぬこと。不始末を認め、ひたすら各方面に謝ると、案外壊れないから」
と、この先はフツーに下ネタの話になった。
師長の名誉のため、そこは省略。
喜怒哀楽の総てが「生きている」ってことだ。今は師長の現況が「羨ましく」映る。
今回は「この世のビザ延長」の兆しが見えぬままだ。
さて、「黒い女」が現れてから、一切の「音」「声」「気配」を感じなくなった。感じ取れるのは「黒い女」が自分の傍に立ち、じっと見下ろしていることだけだ。
やはり「替わりのもの」を差し出す必要がありそうだ。
ちなみに、一度この感触を味わうと、ホラー映画に出て来る怨霊がフツーの人間に見えて怖くなくなる。人間が演じているから当たり前だが、生きた人間は正負両方の感情の波を出しているが、幽霊は正の波がない。温もりがまったくなく、傍にいるだけで寒くなる。今は毎日、凍り付きそうになるほど寒い。
注記)眼疾のため文字が見えず、誤変換が多々あります。
体調が悪く、5分とPCに向かえないので、この記述に丸一日かかりました。
Eメール、コメントなどを沢山いただいていると思いますが、チェックできませんのでご了承ください。そもそもまだメールを受信出来ませんので、通知が届きません。