日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話R070525「切手を子どもに」

◎夢の話R070525「切手を子どもに」
 5月25日の午前四時に観た夢です。

 我に返ると、公園のベンチに座っていた。すぐ横にはイチョウの大木が立っている。
 何気なくその期の根元を見ると、何かのブックが落ちていた。
 手に取ってみると、それは切手帳で、国内外のカラフルな短片切手が並んでいる。
 「なんでこんなところに」
 誰かが置き忘れたのか。だが、ここは公園だぞ。
 公園の出口付近に交番があったから、そこに届けることにして、ひとまずトートバッグに入れた。

 五分も経たぬうちに、小学生の男の子が来て、ベンチの周囲を見回している。
 その子の表情がいかにも「困っている」と見て取れたので、俺の方から声を掛けた。
 「何か探しているのか?」
 「うん。切手帳をどこかに置き忘れたのです」
 「エンジ色のブックのことか」
 「はい」
 ならさっきのヤツだ。
 「ほら。これだろ。交番に届けるところだった」
 「あ、それです」
 男児の顔が明るくなった。
 
 「よく集めたよな」
 「お祖父ちゃんの家の書斎に古い手紙があったから、それに貼られていた切手を貰ったんだよ」
 「じゃあ、君のお祖父ちゃんは世界中を回っていたんだな」
 「はい。仕事で色んな国に行ってたそうです」
 「切手が好きなのか?」
 「うん」
 ここで、俺は自分の家に使い道のない切手が沢山あったことを思い出した。郵便料金の支払いが切手で出来た時に、一般から買い集めたものの残りだ。
 一時は、額面ごとに百枚ずつ台紙に貼りつけ、それで郵便料金を払った。DMを大量に出していたから、数パーセント割引になるだけでも、何万通の桁になれば、かなりのお金が浮く。
 無差別に買ったので、支払いに使いづらい古い切手や額面の小さい切手はそのまま残っていたのだった。
 残しておいても仕方がない。この子にあげよう。
 スマホゲームに没頭する子どもより、この子の方が感情移入出来るわけなのであって。
 「そんなに切手が好きなら、君に俺んちのを上げてもいいぞ。手渡しは面倒だから、宅急便で送ってやる。住所を書いてけ」
 「え。いいの」
 「大切にしろ、とは言わない。くれたものに注文を付けたりはしない。自分で考えてコレクションにするなり売るなりすればよい」
 俺自身が若い頃に集めていたものもあるから、割と良いやつも混じっている。驚くぞ。

 ここでもう一つのことを思い出した。
 「コインもまだ何万枚かあるな。こっちはどこかに埋めるかな」
 埋めた場所については、古文書の中にメモを記して、どこか図書館に寄贈するか。
 俺が死んだ後、それを誰かが探すかもしれん。
 ここで覚醒。

 「切手」は概ね「大切な思い出」などの象徴らしい。
 新しい人間関係が生まれる予知とも。
 いずれにせよ、「生きている人間」が「この先の人生がある」ことを念頭に置いて観る夢だ。
 「まだ死なない」側にぱらぱらとカードが倒れて行く。
 その意味では吉夢だろう。

注記)眼疾はあるわ、足腰が痛むわ、内臓は悲鳴を上げるわ、で、推敲も校正もしません。誤変換が多々あると思います。