日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎夢の話 R070529「息子」

◎夢の話 R070529「息子」
 五月二十九日の午前三時に観た夢です。

 震災の時に、家族全員が居間に集まり、一緒に寝たが、それ以来、私だけ居間で番をするようになった。
 夏は長椅子で、冬は冬季用の寝袋に入って、床で寝る。
 もしもの時の備え、というより、もはや習慣になっている。
 最近、股関節痛で苦しんでいるが、さすがに床で寝るのはキツいので、居間に布団を敷いて寝ている。
 (他に寝られる部屋があるのにやはり居間のままだ。)

 この夜も居間で寝ていたが、不意に廊下から「息子」が入って来て、私の布団の中に潜り込んだ。
 「ああ、母親と一緒にいたが、父親が腰しくなってこっちにきたのだな」
 胸元にいる男児は二歳くらい。
 頭をゆっくり撫でてやると、「息子」は気持ちよさそうにしている。
 親の方ももちろん、心地良い。

 「息子」の頭を撫でながら、つらつら考えた。
 「俺の息子はもう大人で、190センチくらいある。軽自動車だと体を折り曲げて入るほどだ」
 なら、この子は「息子」じゃないよな。
 「だが、こういうのは歓迎だわ。俺もこの子も幸せでいられる」
 でも、どこから来たんだろうな。この子に会うのは初めてだ。

 ここで気が付く。
 昨日、所用で自治会長さんの家に行った。
 そこは地元の旧家で、門から中が広く、竹林があった。
 母屋まで三四十㍍はある。
 「その家の左手にあった蔵のところにいたのだな」
 その時は気付かなかった。

 門を入ると、竹林があり、周囲は手入れがされておらず草茫々だった。
 刹那的に「気持ち悪い」と感じた。
 具体的には、竹林の中に女性が立っているような気がする。
 農具小屋の近くには、高齢の男性だ。
 うーん。そっちに気を取られていたが、男児もいたわけだ。

 ここでさらに気付く。
 竹林の女と小屋の男は、元々その地にいたわけではない。
 そこに居ついている者ではないのだった。

 「なら、俺が連れて歩いている者たちだわ」
 バスガイドよろしく、どこに行くのも「御一行様」を引き連れているわけだ。
 道理で、やたら足が重い。平地を五十㍍進むのに苦労する。
 「皆がこの子みたいにおとなしければいいのにな」
 「息子」の頭を撫でながら、覚醒。