日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌R070610「デジャブ」

◎病棟日誌R070610「デジャブ」
 この日の早朝に観た夢は、病院の日常をなぞるものだった。
 看護師の当番(リーダー)がTさんで、当方の前に来て、型通りの質問をする。
 それに答えた後、少し世間話をする。
 「今のバレーボールの選手は背が高くて、180センチ台が普通だな」
 Tさんは中高の部活でバレーをやっていた。
 「でも、外国ではもう2メートルの選手もいますよ」
 こんな夢だった。

 病棟に行き、ベッドに座っていると、Tさんが来た。
 「調子はどうですか?」
 「今日はTさんがリーダーなの?」
 「そうです」
 「今日、問診に答えるのは二度目だな。今朝がた夢に観たから」
 まるで予知夢だ。この時点の感覚は「デジャブ」の方だが。

 夢の中でした会話とまったく同じ話をする。
 問診自体は定型だから、夢と変わらない。
 これが終わったところで一瞬躊躇したが、やはり夢と同じ展開にすることにした。
 「バレーボールの選手は・・・」
 これで正夢になった。
 予知夢っぽい夢を観たり、将来のイメージのを得たなら、たぶん、それに影響され、そういう方向に進む。で、予知夢や予言が実現する。知らなきゃ影響されないのに。
 「それなら、夢の内容がパッと伝われば、話が早いですね」
 「そうだね。問診が『あれね』の1秒で済む」

 だが、現実のTさんに言わなかったのは、夢の中の当方は七十代の半ばで、かなり耄碌していたことだ。
 「ではどうもありがとうございました」とTさんが去ろうとするときに、当方は無意識にケツを撫でていた。
 エッチな気持ちなど全くなく、無意識に手が出て、ケツをつるり。
 こういうジジイは現実にいる。性欲とは全然繋がっていないのだが、つい手が出てしまう。
 怖ろしい。セクハラsてるのに、動機が性欲ではなく無意識の所作だ。
 ま、それが「ボケる」ということだ。

 隣のベッドのジーサンは七十代半ばだと思うが、すっかり子どもに返り、行動が小学生なみだ。看護師とも子どもの話す会話になっている。「どこに行って、何を食べたけどおいしかった」。
 当方のテレビのリモコンは自分専用だが、電波が強くて、隣近所に向けると、そこのテレビのチャンネルを変えてしまう。
 時々、隣のジーサンのテレビのチャンネルを替え、悪戯している。

 後になり、「もし今朝の夢が現実になるなら素晴らしいことだ」と思った。
 それは七十台まで「生きている」ということだ。
 だが、かなり手前の当方でも、既に全身が劣化している。
 ただ「長く生きる」ことにはあまり意味がない。テーマが無くなったところで、老兵は去るべきだと思う。
 当方のベッドにいた前の患者は、七十台だったと思うが、「俺はもう十分生きたから」と延命治療を子y比して自らこの世を去った。日本では苦痛軽減の措置(麻薬)を処方してくれぬから、苦しんで亡くなったと思う。
 死ぬにも覚悟が要る。
 なお、ここは苦痛軽減であって、安楽死ではないので念のため。混同する人がやたら多いが、鎮痛剤の類がまったく聞かない状況になっても、病院ではただ見ているだけだ。三日間、断末魔の叫びを上げ続けて無くなる患者もいる。
 モルヒネを出してやればよいと思うが、医師は絶対に出さない。これは後で訴えられる可能性があるからだろう。