◎病棟日誌R070621「不愛想なオヤジ」
◎病棟日誌R070621「不愛想なオヤジ」
四年前くらいから通っている患者の一人にKという人がいる。
不愛想で、他の患者と話をしない。
挨拶は他人からされれば返すが、自分からすることはない。
だが、看護師などへの対応を見ると、どこか上から口調だ。
当方はずっと調査を生業にして来たから、つい個人プロフィールを推測してしまう。いわば職業病だ。
単に統計的な傾向に過ぎないが、調査員として面接をやり、回答を一つひとつ検票もしているから、「データ」を切り取るのではなく「個人のライフスタイル」の全体像をある程度想像できる。
漏れ聞こえる話を通じて、Kさんが「60台後半」「BMWの最高級バイクを持っている」などを知った。生活に不自由していないということだが、職業が分からない。
数十年仕事をしていれば、職歴が言動に現れる。物腰や目の配り方ひとつで素性が分かる。
だが、Kさんの生業が何だったかがまるで想像つかない。
最も似ているのは、若い頃に麻雀を打った「遊び人」だ。五十台から六十台のオヤジたちの中にも、毎日遊び暮らしている人がいた。資産家の子弟で、不動産の管理をするだけだから、日頃は遊び暮らしている。
この日初めてKさんのこtこが分かった。
ロビーでガラモンさんがKさんについて、「あの人は代々の資産家で、マンションを何棟か持っている」と言及した。
ガラモンさんもマンション持ちだったから、何かの関りがあったらしい。
「なあるほど。資産管理が生業だったのだな」
若い頃は修行のため、外で働いたろうが、そのうち親の資産を引き継いで、それを管理するのが仕事になった。
他人に頭を下げなくとも済む暮らしを数十年続けていれば、それが振る舞いや仕草に出る。
不愛想で人あしらいが下手なのは、付き合いが少なかったから。前に他の患者とトラブルになっていたのを、「まあまあ」と仲裁したことがある。
奥さんのいる気配もないから、たぶん、独身だ。
寄って来るのは大体が「金目」だから、他人を信用しない。
こりゃ面白いぞ。
さて、この日は珍しく師長がチェックに来たので、少しく世間話をした。
「元気ですか?ご飯は食べれ手ますか?」
「いや、食欲はまるでなし。ま、人生の終着駅が間近だからね」
「またまた。まだひと花ふた花咲かすんでしょ」
「さすがにこの半年は苦しめられてるからな」
ここで、昨日のことを思い出した。
「時々、女房が『生まれ変わったら何をしたいか』と訊いて来る。それには俺は必ず『次はお前のことを今の何倍も大切にしたい』と答えるんだよ」
「愛妻家ですね」
「ポイントのひとつは、説明しない前の部分に『生まれ変ってもまたお前と結婚して』があるのが前提の話をしてるってことだ。こういうのは言葉に出さない方が上品だ」
「なるほど。その場では言わないが、ちょっと考えると分かる」
「心にもないことを言うのだから、練習が必要だ。事前に質問を予期して答えを用意する必要があるし、嘘と悟られぬように言い方を練習する。落語と同じように壁に向かって話す。そもそも生まれ変ったら、全然違う人生を歩みたいと思うのが普通の考え方だ。だがそれを言ったら、女房は損をした気分になるから、それを回避するための作戦だ」
「奥さんが最初に訊いたのは若い頃ですね」
「そうだね。でも毎年必ず訊く。自分に果たせなかった夢があるからで、いつも女房は『医師になりたかった』と呟く。その気持ちを癒すには、歯の浮くようなお世辞が一番だ。俺はいつも『お前は俺には過ぎた女房だ』『お前のためならどんなに苦しくとも身を捧げる』と言う。で、これを本当らしく言うには修練がいる」
「作戦家ですね」
「女房だけに魂胆はない。相手がホステスなら全然別の意味になるがな。関係を良くするための手立てに過ぎないんだよ」
ここから本題に入る。
「昨日の夜に、また『生まれ変ったら』と訊かれたが、いつも同じではつまらなかろうと思って、答えを替えた。『次は女になって、ピチピチのシャツにミニスカートの姿で、やりたい放題やる』と答えた」
「奥さんはなんて?」
「『それじゃあ、今と変わらないじゃないの。男と女が替わっただけ』と答えた。そりゃそうだな」
師長には言わなかったが、言葉に真実味を持たせるには、「実際にそう信じる」のが早い。幾度も口にしているうちに、「俺には過ぎた女房」だと本気で思うようになった。
どんなに具合が悪く、足腰が立たぬ状態でも、必ず駅まで迎えに行く。最初は単なる手段だったが、今では本音と変わりない。
さて、隣の「人の好いジーサン」をからかうのに飽きたので、次は「資産家のオヤジ」をからかう手段を探すことにする。