日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎『怪談』第三話 磯女(いそめ)    早坂ノボル

◎『怪談』第三話 磯女(いそめ)    早坂ノボル

 これは十年前に私自身が体験した、世にも怖ろしい出来事の話です。

 

 私は生まれつき、「直感」の立つ方です。

 母もそうでしたので、おそらく母親譲りなのだろうと思います。

 子どもの頃からいわゆる「予知夢」をよく観て、後で起きることを予め言い当てることがありました。

 また、様々な場所で、「何か」の気配を感じました。この場合は、もちろん、生きた人ではない気配ということです。それを感じた場所について調べてみると、やはりそこには少なからず因縁を示すような出来事があったのです。

 ハイキング中に閃きを感じ、人気の少ない脇道に入って行くと、そこに窓に目張りをした車が停まっていたり、釣りに行った海辺で岩の陰から土座衛門を発見したりしました。

 そういう時には、あたかもその場所に引き寄せられる心持ちがしたのですが、今思い返すと、実際に「何者かに引き寄せられていた」と思います。

 

 さて十年前の夏のある日のことです。

朝、私が玄関を出ようとすると、後ろから妻が声を掛けて来ました。

 妻の名前は雪絵と言います。

 「あなた。細かいことは言わないけれど、今日はあまり羽目を外さないでね」

 この日の私は、三陸沿岸まで車で行き、「少し釣りをして、その帰りに店で鮪を買って来る」と妻に伝えていました。

 「これまでずっと忙しかったのだから、たまに遠出するくらいはいいだろ。うまく釣れなくとも、漁港で魚を仕入れて帰って来るわけだし」

 そう言うと、妻は頬に笑窪を浮かべて微笑みました。

「まさか誰かきれいな人と一緒じゃないでしょうね。何だかいつものあなたよりパリッとしている気がするなあ。ま、たまには息抜きもいいでしょ。でも、ちゃんと忘れずに美味しい魚を買って来てね」

 似たもの夫婦なのか、妻も私に似て勘の鋭い方で、私が外で別の女性と食事でもしようものなら、即座に言い当てられてしまいます。

 このため、ただ単に友人や仕事上の付き合いでも、その場に女性がいる時には、気配が残らぬように苦心させられるのです。

 

 本当のことを言えば、この日の私は、久しぶりに再会した昔の彼女と一緒に三陸までドライブに行くことになっていたのです。

 その元彼女(カノ)の名前は真奈美と言います。

 ひと月前に恩師が亡くなったのですが、その葬儀に出席した際に、私は真奈美と再会しました。

 大学を卒業して就職し、生活環境が変わった時に真奈美とは別れたのですが、それまで二年ほどは殆ど同居していたのも同然の状態でした。

 しかし、就職が決まると、私はすぐに遠隔地に赴任することになり、大学の地を離れたのです。勤め始めで、仕事にも、赴任地にも馴染もうと必死でしたので、彼女のことがなおざりになっていたと見え、何時しかそのまま真奈美とは疎遠になってしまいました。

 私はその赴任先で今の妻と出会ったのですが、たまたま同郷人であったこともあり、すぐに仲良くなりました。

そしてその一年後には、妻と結婚したのでした。

 

 真奈美とは、まさに糸を切るようにぷつんと別れ、特に詳細な事情を説明しませんでした。久々に再会しましたので、ドライブに行きがてら、あの時からこれまでの積もる話をすることになったのです。

 彼女はまだ独り身でいました。

 そうなると、私の方も正直、幾らかもやもやした気持ちを抱きます。

 昔の彼女に会うために外出するので、妻に対しては普段よりましてさりげなく振舞うように心掛け、家にいる服装のままで外出することにしました。

努力の甲斐あってか、この日の妻は案外あっさりと送り出してくれそうでした。

 

 繰返しますが、妻の名前は雪絵と言います。

 雪絵は玄関口で私にこう言いました。

 「それでも、気を付けてね。あなたも知っている通り、私のお祖母ちゃんは百歳を過ぎた今でも元気にしている。あなたも想像がつくでしょうけれど、お祖母ちゃんは霊媒で神さまに仕えていたのよ。だから私の一族は皆が長生きなの。私はその孫でお祖母ちゃん譲りの霊感がある。だから、あなたがどこで何をしているかは全部分かるんだからね。だから、おいたをしてはダメよ」

 

 雪絵はやはり私が誰か別の女性と一緒に出掛けるのではないかと幾らか疑っていたのです。

 雪絵の実家は、姫神山の麓に、最寄りの集落から離れ一軒だけポツンと孤立した家です。実家は広大な山林を所有しており、その山の管理を生業にしていましたが、家の敷地の一角にそれなりに確りした道場(祈祷所)を構えていました。

 普通の神社と同じように、鳥居があり、社殿も祠も備えているのですが、どうやら山岳信仰、要は昔の修験道の宗派のようで、趣が普通の神社とはかなり違います。

 私は結婚の申し込みのために、妻の実家を訪れたのですが、その日はたまたま祭事が行われる日だったようで、山伏たちが百人以上も集まっていました。

 

姫神山は、中世から修験道の一大中心地として知られます。昭和四十年代までは、麓の道場で多くの山伏が修行をしていました。

 現地の人であれば、ここに修験道場が複数あったのを憶えている人が多いと思いますが、今でも幾らかはそれを受け継いでいる住民たちがいるのです。

 

 私は玄関の扉を閉めながら、妻に答えました。

 「世の奥さん方は、外で旦那が浮気するんじゃないかと心配するけれど、他の女性たちから見れば、その旦那などただの冴えないオヤジの一人に過ぎない。これと言って取り柄のない中年オヤジが女性にもてるわけがないだろうに」

 そう言い残して、私は車に乗り込みました。

 

 しかし、繰り返しになりますが、私は妻に嘘を吐いていました。

 その日同伴する女性は学生時代に付き合っていた「かつての彼女」、真奈美でした。

 別れてから十年余り経ち、今では私は家庭を持っています。

徐々に会社での職位も上がり、その一方で、子どもたちにも手が掛からなくなっていました。

世のお父さんに「魔が差す」時期に差し掛かっています。

 私たちは「あれから」の話をするうちに、何時しか若かりし頃の気持ちを思い出していたのです。

 一時は同棲していたのも同然でしたので、真奈美のことは隅々まで記憶しています。

 私の掌は真奈美の滑らかな肌の感触を忘れていませんでした。

 真奈美の実家は貿易業を営んでおり、海外にも拠点を置いています。今の真奈美は父親の後を継いで、その会社の役員になっているとのことでした。

 私の方も職務上の責任から、殆ど休みを取らずに仕事をしています。日々の務めに追われているうちに、何時しか私の心に隙間が出来ていたのです。

 そんなところに、かつての恋人が現われたので、互いに惹かれ合うのは必然の成り行きでした。

 そこで、私たちはそれなりの用事を作り、二人で出掛けることにしたのです。

 

 三陸に向かう、行きのドライブは、まさに楽しいことばかりでした。

 年月を経ていましたが、やはり気持ちは昔のままです。

 別れ際に幾らか言い争いをしたことなどはもはや記憶から消え、かつての楽しかった思い出ばかりが思い出されます。

 漁港に着くと、まずはその地に住む漁師の知人を訪問しました。それが終わると、磯料理の店で新鮮な魚を食べ、産直市場で土産物を購入しました。

 総ての用事を済ませた後、私は真奈美に言いました。

 「せっかくここまで来たのだから、少し海を眺めて行こうか」

 真奈美が頷きます。真奈美の方も、かつての恋人時代を思い出していたのです。

 そこで私たちは磯に向かったのです。

 私たちは駐車場に車を停め、長い階段を下りて、磯に向かいました。

 ゴツゴツした岩に波が打ち寄せ、はるか先には水平線が見えます。

 「きれいだね。日頃の憂さを忘れさせる」

 知らず知らずのうちに、二人は寄り添っていました。

 頭の中で「この流れでは、この先」と妄想を巡らします。脳裏に真奈美の肢体が蘇るのと同時に、妻の顔も一瞬浮かびました。

 

 ここで私は何気なく横の方に眼を向け、そこで驚きました。

 誰一人、私たちの他に人はいないと思っていたのに、三十㍍先の堤防の上に人がいたのです。

 そこにいたのは女性で、こちらに背中を向けていたのですが、その後姿が妻にそっくりでした。髪の長さといい、肩から腰までの骨格といい、妻の雪絵のシルエットとまったく同じでした。

 (まさか。あいつがここにいる筈が無い。)

 雪絵は嫉妬深い面があり、私の周りにいる女性のことは、例えそれが仕事上の相手でもとことん調べます。ひと度、疑いを持ったら調べずにはおられない性質なのです。

 もし、私が別の女性と出掛けるなんてことを雪絵が知ったら、タクシーを使ってでも追い掛けて来るかもしれません。

 

 私は思わず声に出して言いました。

 「いくら何でも、ここまではやらないだろ」

 この言葉の端を耳に留め、真奈美が「え。何のこと?」と訊いて来ます。

 私はこう返しました。

 「いや。あそこに女の人がいる。進入禁止の柵の外だから、危ないと思ってさ」

 その女性がいたのは、堤防の上ですが、その下は荒磯で二十㍍くらいの高さがありました。もし足を踏み外して落ちたら、生命の危険さえあります。

 そんな危険なところに、その女性はじっと立っていたのです。

 真奈美もその女性のことを確認すると、同じことを考えたようです。

 「何か思い詰めて、あそこまで行ったなんてことはないわよね」

 もしかして、自殺志願者かも知れません。

 「声を掛けてみる方がいいんだろうか」

「でも、ただ眺めているだけなのかも知れないし」

 

 それでも、目の前で海に身投げされては困りますので、様子を見極めるべく、さりげなく女性の方に近寄ってみることにしました。

 岩の上を渡るように近付くと、女性は先ほどまでと変わらず向こうを向いていました。近くで確認しても、やはり妻にそっくりな体型をしています。

 と言うより、後ろ姿は妻そのものでした。

 服はといえば、上は赤のジャケット、下には茶色のスカートを穿いていました。

 妻もまったく同じ服を持っています。

 しかし、ここで私はあることに気付きました。

奇妙なことに、その妻そっくりの女性には「生きたひとの気配」がしないのです。

生身の人間には血が流れ、細胞が躍動する気配があるものですが、まるで映画のエキストラのように実体感がありませんでした。

 

 この刹那、私の頭の中でこういう考えが閃きました。

(まさか。生身の人間ではなく女房の生霊だったりしてな。)

 ひとがひとに執着心を持つと、生霊になって、その相手に纏わり着くと言います。

 私は、もしかすると「これがそうなのかもしれない」と思いました。

 それほどまで、その女性は妻に瓜二つでした。

 女性まで十㍍のところまで歩み寄ったのですが、女性はそのままじっとしています。

 女性は私たちに背中を向けていましたが、私は直感で「この女性は私が自分に近付いているのを知っている」と思いました。

まあ、これが妻の生霊なら当たり前です。

 「そう言えば、雪絵は自分の祖母ちゃんが霊媒だと言っていたよな」

 ダンナがこれから浮気しそうなのを嗅ぎ付け、雪絵は生霊になって私の後を尾行(つけ)て来たのでしょうか。

 

 この時、真奈美が岩に足を取られ、少しよろけました。

 すぐに私は真奈美の体を支えましたが、その間ほんのちょっとの間、足元に眼を向けたのです。

 再び顔を上げると、つい一瞬前まで目の前にいた女性の姿が消えていました。

 「あら。さっきの女の人がいないわ」

 隣で真奈美が声を上げました。

 「まさか。落ちたのか」

 私たちが近付くのを感じ、急ぎ海に身を投げたのでしょうか。

 私たちは女性がいた堤防に立ち、下を覗き込みました。

 しかし、波と岩の間には何の痕跡もありませんでした。

 「おかしいな。誰もいない。ついさっきまで確かに女の人がいたのに。ううむ」

 私たちの周囲五十㍍四方には誰一人いません。数秒でその距離を離れるのは、人間には不可能です。

 訝し気に思いましたが、しかし、目の前で身投げをされるよりは、はるかにましです。

岩間に女性の姿を発見したりはしなかったので、私は安堵しました。

私は幾度か山で自殺者を発見したことがあるのですが、そういう時とは違うようです。

 

 首を捻りつつ、私は真奈美に言いました。

 「あのひとは海を眺めていたが、俺たちが目を離した時にそそくさとこの場を離れた、ということなのだろうな」

 あるいは、やはり妻が生霊になって、私を監視していた、とか。

 私の頭を過(よ)ぎるのは、そんな類のことです。

 それでも、その時はまだ、隣にいる真奈美の方に気持ちが向いていました。

 「なんだか、昔と何ひとつ変わらない気分だよね」

 不謹慎ですが、この時の私は若い頃の真奈美の裸身を頭に浮かべていました。

 

 それから、私と真奈美はその場を後にしました。

 再び、港の方に向かいます。

 カーナビを家の方角にセットして、帰路に着こうとしたのです。

 すると、そのカーナビが変な指示を出しました。

 「左に曲がってください」

 左の方角は先ほど食事をした漁港の中に向かいます。こちらを進むと、遠回りになるはずでした。

 「これって帰り道なのか?」

 でも、ま、こちらに近道があるということもあるのかもしれません。

 慣れぬ道ですので、ひとまずカーナビの指示に従うことにしました。

 すると、車は漁港の中を縦横に走り始めました。家々の間の路地を曲がり、裏道に入っては、また曲がります。

 漁港をぐるっとひと回りして、また元の道に戻り、家とは逆方向を目指して走り始めました。

 田舎の漁港ですので、街自体はそれほど大きくありません。その中を右に左にと走っているうちに、さすがに気が付きました。

 「おかしいな。カーナビが誤作動している」

 カーナビは衛星との通信状況が悪いと、現在の居場所を検知出来ないことがあります。

 しかし、その場合は、地図の表示そのものがおかしくなるため、目的地とは逆の方向を指示することはありません。その時に示されていたのは、帰路とはまったく逆の方角でした。

 

 結局、四五十分間も街中を右往左往しました。

 そこでようやく、私は確信を持ちました。

 「間違いない。これは何者かが悪戯(わるさ)をして、帰宅を妨げているのだ」

 実は、この時の私は心の中で、「帰り道にどこかのホテルで休憩していこうか」などと、良からぬことを考えていたのです。

 そんな邪心を見透かして、きっと妻の生霊が邪魔をしているのだ。

 私はそう思ったのです。

 

 そこで、私は頭の中で願を掛けたのです。

「この女性と浮気をしよう、なんて下心を出した俺が悪かった。そんな考えを捨てて、真っ直ぐ家に帰るから、もう解放してくれ。俺はもうお前のものだから、お前を裏切ることはない。必ずお前ひとりを守り、添い遂げる。そう約束するから、もう許してくれ」

 そして、最期の一言は声に出して言いました。

 「きっと約束するから」

 まさにその時のことです。

 「シートベルト不着」と「半ドア」の警告灯がいきなり点き、「カンカンカン」と警告音が鳴りました。

 私はすぐに路肩に車を寄せ、それぞれを確認し、ベルトを着け直しました。

 頭の中で、「これはさっき自分が立てた願に対する返答だ」と思いました。

 要は「願いを聞き届けた」という合図です。

 すると、それからほんの数分後に、盛岡に向かう幹線道路に曲がる交差点に出たのです。

「あ。ここだ。この道を左に行けば帰れる」

 その交差点を曲がろうとしたとき、私は磯で見た女が角に立っているのを見ました。

 女は顔を伏せていましたが、磯の時とは違い、こちらに顔を向けていました。

 見るのも恐ろしいのですが、私はどうしても女から目が離せずに、曲がり際に女の顔を覗き込んでしまいました。

 ああ、そんなことをするんじゃなかった。

 女は妻の生霊ではありませんでした。もっと恐ろしい相手です。

 私が女の顔を覗き込んだ時、女には顔がありませんでした。髪の毛の下には真っ黒な影があっただけです。

 背筋が寒くなる思いをしたのですが、このことは真奈美には話しませんでした。

 あとは一目散に盛岡に戻る道を急ぎました。

 

 元々、私は帰路の途中で真奈美と二人きりになれる場所に寄り道をする算段でいたのですが、もちろん、そんなことはせず、真奈美を盛岡駅の前で下ろしたのです。

 真奈美を車から下ろし、私は彼女に告げました。

 「また何か機会があればね」

 しかし、それ以降、真奈美には会っていません。

 

 この日、私は自宅に戻ると、玄関先で妻に言いました。

「いやはや、俺はよっぽどお前を愛しているらしい。今日は行く先々でお前にそっくりな女を見た」

 ここは「今日は別の女性と一緒にいた」などとは、もちろん、口には出しませんでした。

 「あるいは、お前が生霊を飛ばして、俺の傍にいたのかもしれんと思った。何せお前は霊媒の孫で、霊視能力があるというからな」

 すると、妻の雪絵はくすくすと笑い出しました。

 「あら、あなたはあれを本気にしたの。私のお祖母ちゃんは本当に百歳だけど、今は介護施設にいます。お祖母ちゃんは霊媒じゃないし祈祷師なんかやったことはないわ。うちの神社は代々、祖父や父など男が受け継いでいたのよ。私は何となく、あなたが誰か女の人と一緒なんじゃないかと思って、試しに鎌をかけてみたのよ」

 私は思わず、妻に問い返しました。

 「え。それじゃあ、お前に霊視能力があるってのは・・・」

 すると、妻が断言しました。

 「そんなの、冗談に決まっているじゃない。あなたに釘を刺すために言ってみただけよ」

 

 私は思わず叫びました。

 「しまった。あの女はこいつじゃなかったのか」

 そうなると、あの女は海の近くにいた別の「誰か」もしくは「何か」だということになります。

 私はその女を妻の生霊だと思い、「俺はもうお前のものだから、これから二度とお前と離れることはない。約束する」と祈願していたのです。頭で念じるだけでなく、それを声にも出して祈願してしまったのです。

 背筋に悪寒がチリチリと走ります。

 結果的に、私は磯に棲む悪霊と取引をしていたのでした。

 言い伝えでは、この海には人を海に引きずり込む「磯女(いそめ)」という悪霊がいるという話を聞いたことがあります。

 

 それに気付いた、その直後のことです。

怖ろしいことに、玄関の扉が「どん」と音を立てました。誰かが力任せに叩いたような音です。

 まるで、それは何者かが「自分はここにいるよ」「約束して貰った通り、私はここに来ました」と教えるために鳴らしたかのような音でした。

 間髪入れず、浴室のシャワーがざあざあと音を立て、水を放出したのです。

 雪絵は「あれ。何かしら」と言って、見に行こうとしたのですが、私はそれを押し留めました。

 ここで私はこの日に起きた出来事を、妻に有体に話したのです。

 雪絵はすぐに実家に連絡しました。

 妻の父親は修験道場を構える祈祷師で、こういう事態に通じていました。

 「それは不味い。これからすぐに私のところに来なさい」

 そこで、私たちは姫神山の麓にある妻の実家に向かいました。

 家に着くと、妻の父親は祈祷の準備を始めていました。

 「遼平君。君に取り憑いたのは、海で亡くなった者たちの無念が凝り固まった悪霊に違いない。それに向かって願を立ててしまったなら、その言質をかたに君を海に引きずり込もうとするだろう。この道場に結界を張り、遼平君を守る。今日はたまたま朔(さく)にあたるのだが、朔にはあの世の者が解き放たれるから、あの世と関りを持ちやすい者はよくよく気を付けねばならんのだよ」

 義父は私を道場に引き入れると、祭壇の前に座らせました。

 「これから暫くの間はこの道場を出てはいけない。周囲に結界を張り、悪霊が入って来られなくするから、ひたすら閉じ籠って悪縁をやり過ごすのだ」

 「籠るのはどれくらいの間でしょうか」

 「概ね三日はかかるだろうな。遼平君が手に入らぬと悟れば、その悪霊は去って行く。その悟るまでの期間が三日ほどだ。」

 私が中に入ると、義父は道場の周りに戸板を立て、紙垂を吊るした縄を張り、周囲から遮断しました。

 妻の実家から、三日間分の食料が運び込まれ、戸が閉じられました。道場の中にいるのは、私と義父だけです。

 外には出られませんので、用を足すのは専用の甕でしました。

 義父は婿のために祈祷を施し、丸三日の間、死霊祓いに努めてくれました。

 時々、がたがたと戸板が揺れ動いたので、肝を潰しましたが、その何者かは道場の中には入って来られぬらしく、それ以上のことは起きませんでした。

 この手の怪談の類では、幽霊が姿を現して恨み言を語ったりする展開になるわけですが、現実のそれは呪いの言葉を吐いたりなどはしませんでした。

 義父によると、「昔から何十何百の死人の怨念が凝り固まった悪霊は、既にひとの心からかけ離れたものになっている」のだそうです。

 そういう悪霊は、もはや魔物と言ってよい存在で、人間のような振る舞いはせず、ただ無言の障りを与えるのだそうです。

 

 三日後に義父の許しが出て、私はようやく外に出ることが出来ました。

 義父によると、よほど強い悪霊だったらしく、「かなり手こずった」との由でした。

 「私のような山伏たちが今も修行を続けていることを。世間の人たちは知らない。だが、遼平君に起きたようなことが、誰の身にも起こりうるから、今も私たちは必要なのだよ。私らはこの世とあの世とを繋ぐ者なんだよ」

 

 これが私の身に起きた出来事です。

 近しい親族に修験道の行者がいてくれたので、私は悪霊に捕まらずに済んだのです。

しかし、あの女はよほど強い悪霊だったらしく、その後も家では異変が起きました。

あるいは、あの女ではなく、私の方がより深くあの世との接点を持つようになったので、いっそう様々な者が寄り憑き易くなったのかもしれません。

 あれ以後も繰り返し妻の一族に死霊祓いの祈祷を施して貰うだけでなく、私自身も修験道の修行に加わるようになりました。

 私はそもそもが「神霊体」というカテゴリーに属する者らしく、あの世と関りを持ちやすい。このため、これを制御するには修行をして、自分を守る力を手に入れる他はないのです。

 この出来事が起きてからは海には行っていませんし、もはや行くつもりもありません。

 はい。どんとはれ。

 

◆注記

 文中の地名・人名は創作(仮名)によるものであり、現存の同一名称のものとは関わりありません。

 

(解説)盛岡タイムスに送付済みの原稿に今回少し加筆しました。

 三陸を舞台にしていますが、主な出来事は三浦で実際に起きたものです。小本海岸でも似た経験がありますが、後半の一部でそちらを使用しました。

 現実には、海辺にいる知人宅を訪問し、鮮魚や野菜を貰って帰ろうとしたのですが、ナビが帰路には向かわず、この市内を三周しました。

 帰路は一本道だから、間違えようが無いのに、その道を二度三度と横断迂回して、繰り返し海の方に戻ったのです。

 最後は、先が海しかない堤防に向かい、「真っ直ぐ進め」と指示されたのですが、指示に従えば海に転落します。ついにはナビを切り、道路標識を頼りに幹線道路に出たところでその道を帰ったのでした。

 妻の実家で祈祷を受けるのは創作です。

 実際に起きたことは、帰宅中に信号待ちをしていると、背後から後続車に追突される事故に遭いました。車を修理に出し、それが戻ってきたのが一週間後でしたが、車を引き取って帰ろうとすると、再び信号待ちで追突されました。明らかに異常な事態なので、八幡宮でお祓いを受けると、その後は徐々に鎮まりました。

 ただし、今でも、夜中に車で走っている時に、交差点にあの女が立っているのを見ることがあります。

 物語としては無事円満解決させたのですが、現実の方は数段恐ろしいと思います。他力による祈祷やお祓いの効果は一時的なもので、忘れた頃にまた戻ってくることがあるようです。自分自身の心を強くするしか手立てはありません。

 

注記)眼疾があり、校正がうまく出来ません。誤変換があると思います。