◎『怪談』 第八話 岬にて 早坂ノボル
◎『怪談』 第八話 岬にて 早坂ノボル
『怪談』シリーズは、地方紙に毎年夏期のみ連載(または連載を予定)していたものだ。すべて実話をベースとしている。
これは二十年以上前に実際に経験した話だ。
今は二十台になる息子がまだ一歳の時、家族で北奥の奥入瀬渓流や十和田湖を回った。
私の実家は盛岡にあったから、八戸に寄った後、帰路は三陸海岸を南下した。
そのまま小本か宮古まで行き、そこで西に折れ、実家に向かう旅程だった。
途中で、とある岬を通り掛かったのだが、その岬の先に和食屋が見えた。
岬の突端にポツンと一軒だけ食堂が建っていたのだ。
その時、私は「岬の端だから見晴らしが良さそうだ」と考えた。
実際に店の近くまで寄ってみると、建物は岬の先から半ば空中に飛び出しており、展望レストランのつくりになっていた。
私は妻と娘二人、息子を伴ってその店に入った。
十和田湖からの移動に時間が掛かったので、店に着いたのは午後三時過ぎ。ほぼ四時近くだった。
店内に他の客は見当たらなかったが、食事時を外れていたからだと思った。
せっかくの展望食堂なので、いちばん外側の席に座ることにした。
海側は全面ガラス張りで、壁全体が窓になっていた。
窓の外には、はるか遠くに水平線が見える。
程なく給仕の小母さんが来たので、家族めいめいがあれこれ注文した。
お茶を飲みつつ食事が来るのを待っていたのだが、何だか居心地が悪い。
どこがどうと言うわけではないが、ざわざわと胸騒ぎがする。
長い時間運転したので、疲れているせいかと思い、とりあえず私はトイレに行った。
だが、トイレに入ると、やはり何だか薄気味が悪い。頭の隅で、ちらと昔の小学校の薄暗いトイレを思い出した。
個室の奥で誰かがじっと息を潜めていそうな気配だ。
幼い頃に通った小学校は、戦前に建てられた古い建物で、トイレが薄暗かった。
あの頃はそのトイレが怖くて、小用もそそくさとしたし、大を催しても絶対に学校ではしなかった。
そんなことを想い出しつつ用を足し、トイレから出て、自分たちの席に戻ったが、窓際に座るとさらに気が重くなった。
ここで、急に一歳の息子がぐずり出した。
息子は席に座ると、少しの間窓の外を見ていたが、急に泣き叫び始めたのだ。
それも「身をよじって」叫ぶ。
「うわあ。うわあ。ぎゃああ」
息子を抱き上げてあやしてみるが、まったく泣き止まない。
親の腕の中でも、息子はまるでそこにいるのが耐えられぬと言わんばかりに体を曲げて泣く。
これでは埒が明かぬので、妻が食事をする間、私が息子を抱いて、店の外に出た。
店の玄関を出ると、陸側の沿岸道路になるが、外に出ると息子がぴたっと泣き止んだ。
しばらくそこに立っていると、十歳の長女が私を呼びに来た。
「お母さんが、もう替わっても良いって言ってるよ」
そこで、息子を抱いたまま、店内に戻ったが、息子はあの席に近づくと、再び火の点いた勢いで泣き出した。
「どうしたのかしらね」
「何か気に食わんのだろ。外に出ると泣き止むから、先に車の方に行ってて」
妻が息子を抱きとって、店の外に出て行く。
娘二人も食事を終えると、妻のいる方に向かった。
そして、その席には私一人だけが残った。
そこで私はようやく磯料理を食べ始めたのだが、どうしたわけか、窓の外が暗くなっている。
「ついさっきまで晴れていたのに」
ま、山の天気と同じで、海辺の天気も急変することがある。元々、この地方は「やませ」と呼ばれる霧が出るのだが、それが出て来たので、日光が遮られ、日が翳ったようだった。
お盆を過ぎると、この地方はもはや秋だ。ま、空では稲光が光り始めていたから、「やませ」ではなかったのかもしれない。
ピカピカピカッと稲妻が光り、しばらく後で「ドーン」という雷の音が響いた。
「こりゃひと雨来るかもしれん。早いとここの地を去った方が良さそうだ」
何とも言えぬ不快な感覚が、さらに私の背中を押した。
程なくその不快さの原因が分かった。
「何だか海の方から誰かが見ているような気がするぞ」
何とも言えぬ「どろっとした重い視線」を感じるから、不快な気持ちになるのだ。
ご飯を概ね食べ終わり、食後のお茶を飲んで、腰を浮かせた時のことだ。
私は窓の外を向いていたが、外の上空に大きな稲光が走った。
周囲が薄暗くなりかけていたから、壁面(窓)全体が光り輝いた。
すると、光が満ち満ちた瞬間、ガラス窓のすぐ外側に、室内を覗き込む何十と言う顔が見えた。
窓一杯に鈴生りの顔が広がったのだ。
ホラー小説ならその幽霊たちが「怨念」を浮かべていたと描写するだろうが、本物のそれはただひたすら「無念」の顔をしていた。要は「死にたくない」「滅びたくない」という類の感情だ。
ひと目で「これは生きている者の顔ではない」と分かる。
一瞬のことだが、私は何かを見間違えたものではないと確信した。
私は急いで入り口のカウンターに行き、給仕の人を呼んで金を払った。
その時、自分が何を見たかは言わなかった。
こういうのは人を選んで出るものだし、店の営業が出来ているのだから、ここでは気付かぬ人の方が多いということだ。あるいは気付いている人もいるのだろうが、私ほど影響を受けるわけではない。
そこの人が見えぬ者を「見た」と言ったところで埒は開かぬし、言われた側の立場になれば、不快な気持ちになるだけだ。幽霊は人を選んで現れるものだ。
それが何とも言えず怖ろしい。誰一人存在に気づかぬのに、自分の眼の前に人の姿をした何かが立っている。
私は玄関の引き戸を開き、外に出ようとした。
その時、頭の中に大音声で「声」が響いた。
「これはけして気のせいではないぞよ。その証を立ててみせよう」
語尾の発音は「みしょう」で、昔の言い方だったが、しわがれた老婆の声だった。
すぐに車に乗り、直ちに発進させたのだが、百㍍も行かぬうちに「それ」が起きた。
その道路は片側一車線の道路だったが、店を離れると対向車線に大型トラックが向かって来るのが見えた。
そのダンプが三十㍍手前に差し掛かった時、道路の反対側から、赤茶色の大型犬が飛び出して来て、ダンプに撥ね飛ばされた。犬はこちら側の車線にまで飛んで来て、私らの乗る車の前に落ちた。
背骨が曲がっており、即死の状態だが、その場ではまだヒクヒクと動いていた。
事故の瞬間、犬はまるで何かに引っ張られたようにダンプの前に転がり出たのだった。
さっきの声が「証」と言ったのは、この犬のことだ。私はまたも確信した。
私は路上の犬を迂回して、早くその場を離れようと、ひたすら先に進んだ。
これが、実際に体験した出来事の内容だ。ドラマのような展開がなく、あっさりしているのは、これが実際に起きた出来事だからだ。
私の妻も似たような体験があるらしい。
独身の頃、妻は友だち五人と連れ立って、北陸まで観光に行った。
東尋坊を見学し、その日は海辺の旅館に泊まった。
その夜のことだ。
夜中に妻が目覚めると、暗い部屋の中に何者かが立っていた。
シルエットでは年老いた女の姿だった。
その老婆は、寝ている友だちの顔を一人ひとり覗き込んでは、何事かを呟いていた。
端の方から同じことを繰返し、次第に自分の方に寄って来る。
いよいよ隣の子の番が来たが、妻は怖ろしいと思いつつ薄目を開けて隣の子の顔を見た。
その娘は霊感の立つ方だったが、両眼を真ん丸に見開いて、老婆を見ていた。恐怖で顔が引き攣っている。
次に妻の番が来て、老婆が自分の上に立った。
妻は両目を固く閉じ、ひたすら眠ったふりをしていた。
すると、老婆が腰を屈めて自分に顔を近づける気配がした。
そしてこう言った。
「私は地震の時に海辺で死んだ者だ。これが嘘ではない証を見せてやるぞよ」
そう言うと、老婆は去って行った。
そして翌日のことだ。
朝、妻たちが旅館を出ようとすると、旅館の人が慌てふためいていた。
玄関先で犬が死んでいたのだ。犬はむごたらしい殺され方をしており、玄関の扉に血飛沫がぺったりと飛んでいたそうだ。
妻の体験談は、岬の展望食堂の出来事のかなり後で聞いたのだが、私はその瞬間、戦慄を覚えた。
いずれも老婆で、言葉遣いが似ている。「犬が死んでいた」のも同じだ。
妻の話が作り話ではなく実際に経験したことだというのも、瞬時に理解した。
過去にあの地で地震が起き、幾名かが亡くなったという出来事は確かに存在する。
福井大地震と呼ばれ、日本人の中には記憶している者もいる筈だ。
だが、妻は外国籍なので、この地でかつて大地震が起きたことを知らない。
ある意味で、私と妻は似たもの夫婦なのだと思う。初対面の時に、五分くらいで「たぶん、この人と結婚する」と思ったのだが、実際、三か月後には入籍した。
それにはそれなりの理由と背景があったのだ。
この話を怪談としてまとめる時に、実は最後はこう書こうと思った。
「ほうほうの体で逃げ出し、ようやく家に戻って来た。そこでひと安心したが、何気なく窓の外を見た時に稲光が光った。八月の下旬なので雷の鳴る季節だ。すると、窓一杯に鈴生りの顔が溢れ、皆がこっちを見ていた」。
だが、「如何にも」の怪談話だ。事実から離れる。
現実に生活の中で起きる怪談は、淡々としており、よりよく深く観察し、意味を考えぬと見過ごしてしまう。
ちなみに、後であの岬の近くに住む知人に聞いたが、あの岬の崖の下は、地元では割と有名な自死者の上がる「スポット」らしい。魚が沢山獲れるポイントでもあり、釣り人も多いが、知人本人が棹を振ったら水死者を釣り上げてしまったことがあるため、「二度と行かない」そうだ。
土左衛門を釣り上げてから、数年の間、知人には凶事が続いたとのことだ。
知人の話も実話だが、それを聞いて、初めて「鈴生りの顔」がなんだったか分かった。
はい、どんとはれ。
注記)手控えの原稿であり、表記に不首尾がある場合があります。眼疾があり、文字が良く読めません。