日刊早坂ノボル新聞

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◎病棟怪談「丁髷小父さんの死に方」

病棟怪談「丁髷小父さんの死に方」
 ちなみに、幽霊の話ではないので念のため。シチュエーションが怖い。

 「丁髷小父さん」は愛称で、髪の毛を頭の後ろで結んでいたから、皆がそう呼んだ。
 67ー68歳くらいで、腎臓病棟(透析)の患者の一人だ。
 透析患者としては病状が軽く、通院は週に1回だけ。何百人かの患者を見てきたが、そういう患者は過去にこの人だけだ。
 見た目も病人ぽくはなく、普通の人と変わりない。
 その「丁髷小父さん」が2か月くらい前に急死した。
 この経過を振り返ると、状況的にかなり怖い。

 場所は一応の総合病院。「一応の」とつくのは、経営が厳しいらしく、診療科によっては、非常勤医しかいない科がある。
 循環器科はなく内科で診るが、手術が出来ない。
 救急搬送で、心臓や脳の急患が来ると、市内の別の病院に搬送される。ここでは救急救命措置だけ。
 小父さんのいた腎臓病棟も、患者は週三回受診するが、曜日毎に別の非常勤医が診察する。要は、医師は診療記録を見てひとり数分で判断する。

 丁髷小父さんは火曜通院だが、まず最初の週に「背中が痛い」と訴えた。建設業関係の仕事なので、背筋痛なんかはよくある。
 ひとまず鎮痛剤の処方を受けた。
 次回は翌週火曜になるはずだが、同じ週の木曜にも来院した。
 これは痛みが強くなったから。
 「背中が尋常ではないくらい痛む。それと横隔膜の周辺も痛い」
 医師は「背筋痛」という話を聞き、整形外科に回す措置を取った。患者は建設関係だ。
 土曜が整形の受診日だったが、こちらの病棟にも来た。
 この日は某大学の派遣医が日替わりで来る日で、概ね三十台。
 専門を少し外れるとまだ分からないらしい。
 判断がつかない時には「経過観察」になる。

 容態が急変したのは日曜の夜で、自宅で倒れて救急搬送された。診断は大動脈解離で、専門病院に着いた時にはもう亡くなっていたそうだ。

 怖ろしいのは、一週間で三人の医師が問診をしているのに、検査にも回らなかったこと。
 非常勤医が五十人の患者を診るから、一人一分程度。
 腎臓は心肺と関りが深いからそちらとの因果関係は疑うが、「背筋痛」だと視界から外れる。
 実際、「背中が痛い」のは八割がた背筋痛らしい。

 看護師の方は自分では診断しないし、目の前の処置に追われている。たまたまオバサン看護師が二人辞めており、経験のある看護師がいなかった。大半が透析の技師で、看護師は三十台が一人だけ。

 もう一つ怖いのは、周囲の患者は「整形外科の疾患じゃないよな」と思っていたことだ。病棟はフロア全体が大部屋のつくりだから、隣近所の会話が全部聞こえる。どの患者がどういう既往症があるか筒抜け。
 傍で「背中が尋常ないくらい痛い」を聞き、すぐに「すい臓がんとかがあるよな」と思うわけだが、同時に「横隔膜周辺に激痛がある」と聞き、「まずは内科だろうな」と確信した。
 周囲の患者に聞くと、皆がそう思っていたらしい。
 だが、口を出すことではないので、黙っていた。
 当方もそう。
 肺癌なら咳などの症状が出るので、心臓の周辺だろう。

 大動脈解離は治療が難しく、手術の成功率が6、7割だったような気がするので(不確か)、最初の段階で気付いても助かったかどうかは分からない。
 だが、こんな風に発病からほぼ一週間で亡くなってしまうのには、環境から人(関係者)、医療の質まで総てに渡って、「物事が裏目裏目に働いた」からだと思う。

 個人的には、丁髷小父さんのケースに一番効いたのは、たぶん、「オバサン看護師の不在」だと思う。二人とも循環器科での経験が長かったから、ほんのちょっとした異変に気が付いていた。前後ろ(背中と胸)の症状が同時に起きていたなら、すぐに疑ったはずだ。こういうのは「巡り合わせ」だが、この穴を埋めるには、患者自身が持病含めた「起こりうる危機」について、よく調べて置くしか手立てはない。

 丁髷小父さんは、病棟の中で「最も症状の軽い人」だった。あの世に向かう順番を数十人は飛び越して去った。まさに怪談だ。