◎80年代のこころ
◎80年代のこころ
家人に言わせると、「オトーサンはいつも同じことしかしない。同じ場所に遊びに行き、同じ店に行き、同じものを食べる」ということだ。
確かに、同じ映画を百回も観て、同じ音楽を聴いている。
その都度新しい発見があるから、別に飽きない。
繰り返し確かめると、次第に眼が肥えて来るから、それまで気付かなかったことが見えて来る。
先日、動画配信サービスで『ハント』という映画を観た。
金持ちの娯楽で、幾人かが人間狩りの獲物にされるが、中に元軍人の女が混じっていて・・・みたいな筋だ。
女性主人公が最初に命を狙われるのが雑貨屋で、そこの主人と妻がハンター一味だ。
その奥さん役のバーサンの顔にどこか見覚えがある。
「おお、これは」
エイミー・マディガンさんじゃないかああああ。
80年代に青春時代を送った者にとっては、「同時代映画」と言えるのが『ストリート・オブ・ファイヤー』なのだが、後半に現れ、トム(マイケル・パレ)と共にレイヴェン(ウィレム・デフォー)と戦った女軍人役だ。
もはや七十台半ばだと思うが、しっかり役者を続けていたか。
この映画は出演者全員が成功して、息の長い活動を続けている。
最も感動するのはトム役のマイケル・パレだ。この人は代表作がこれ一つで、他に思い浮かぶ名作はない。
この作品のイメージがきっちりついてしまい、それがマイナスに働いたかもしれん。だが、それ以後も延々と、黙ってB級アクションに出続けた。誰かに求められれば、普通に「トム」の芝居を再現して見せた。40台50台になっても、愚痴をこぼすことなく(家ではたぶんこぼした)、「トム」であり続けた。
「飽きたからやらない」みたいなことは一切言わない。
「求められることを提供する」という意味では徹底していた。
宇宙軍の軍曹とかを演じても、どこかにトムの香りを出さねばならんから、さぞ閉口したと思う。
この映画がウケ続けたのは、音楽という要素もある。
歌は吹き替えだったが、エレン(ダイアン・レイン)さんが最初に登場する場面とかは、はっと息を飲んだ。(何せ21歳のロケットOPが大迫力。)
後段のダン・ハートマンの曲なんかは、ビデオで観る度に一緒に踊るほどだわ。
80年代って、米国にまだロックがあった時代なんだわ。
ちなみに、今では米国にはロックミュージックは存在しないらしい。欧米で続けているところはなく、今では日本だけのそうだ(ワンオクロックとか)。
ロカビリー時代とはまた違う80年代には80年代なりのロックがあったわけで。
ダイアン・レインさんは今も女優を続けていて、時折、バーサン役で見掛ける。この人もコテコテの演技者で、売りは美貌じゃなかった。
ここで気付くが、なるほど、ほぼ全員が生き残ったのは、皆が「コテコテの役者」だったって理由からだった。
最も出世したのは、たぶん、ウィレム・デフォーだと思うが、やっぱりコテコテだわ。
80年代の映画や音楽は、一年のうちに幾度も繰り返し観て、聴くから、映画は概ね百回以上、音楽は千回の桁で聴いていると思う。
やはり78ー89年の間がサイコーだろうと思う。
80年前後は「夏がやたら暑かった」記憶があるが、たぶん、今の方がもっと暑い。
なんでだろ?と考えたが、本州一の寒冷地から東京に来たばかりだったので、体が慣れていないからだった。
最初の夏には、夜になっても気温が三十度を超えているので、どうにも堪らず、冷蔵庫を開けて頭を入れて寝た。その時、イヤホンから聞こえたのはアバの曲。
週末には名画座がオールナイトで営業するので、ビール飲んで映画を観たり、そこで寝たりした。
今はもう名画座もほとんど無いんだよな。
当方が「ロト7を当ててやれ」と執着するのは、その金で名画座を作ろうと思うからだ。どうせ半年で潰れるので、身銭を切ったり、資本を集めたりは出来ない。だが、あぶく銭なら出来る。
今は映画館を貸し切りに出来るシステムがあるので、ひと会場を終日借りて、観客が知り合い十人くらいだけの環境で、酒を飲みながらダラダラ観たい。
それなら、やっぱり『アラビアのロレンス』からだな。
最終は『隠し砦の三悪人』。間は何だろうな。
疲れるから、途中で1時間パーティタイムを入れる。
自分一人で映画館に入ったのは7歳の時で、映画は『サンダーとガイラ』だったと思う。東宝の怪獣映画だが、2年生には怖かった。
窓口で「一人じゃないよね。お父さんお母さんは?」と訊かれたと思うが、普通に「買い物が遅くなったので、後から来ます。もう始まるので、僕だけ先に入ってろと言われました」と答えたと思う。もちろん、嘘で、母は赤十字病院に入院していたし、父は仕事をしていた。
エレー脱線した。