日刊早坂ノボル新聞

日々のよしなしごとを記しています。

◎病棟日誌 R070805「礼服の人影」

◎病棟日誌 R070805「礼服の人影」
 朝、ロビーに行くと、Aさんに呼び止められた。
 「御相談したいことがあります。あっちの方でよろしくお願いします」
 そこで三十メートルくらい先にある待合室まで行った。
 これは他人に聞かれぬようにするためだ。

 ちなみにAさんには、前回、「玄関にお清め塩を置いて、家に入る時には必ず清めてから入ること」と助言した。
 先週、背後に「黒いひと」が寄って来ているのを目視したので、そう伝えたのだ。
 「言われたとおりに、玄関にお塩を置いたのですが、一昨日、家に入る時にそれがカチカチに固まって取れませんでした」
 「湿気が多いんですか」
 「いえ、そうじゃないんです。翌朝に触ってみたら、塩はさらさらでした。それなら昨日のあれは何だったのかと」
 うーん。まだこれだけでは判断がつかない。短絡的に判断するのが最もダメな対応だ。
 「どうしたらいんでしょうか」
 「とりあえず、ビニール袋にお塩を入れて鞄に入れておくといいです。家の中に入る時にはそれでお清めをします」

 ここでAさんが玄関先に立つ場面を想像した。
 一軒家で、家の中に入ると真っすぐな廊下がある。昔風のつくりだ。奥の方に座敷のような仏壇の置かれた部屋がある。
 そっちの方の空気が重い感じ。
 「お仏壇とかちゃんとしてますよね」
 「ええ。毎日、お水やお茶を備えています」
 パパパッと一つの場面が閃く。
 その座敷の中に、十五人くらいの人が立っている場面だ。
 皆が礼服を着て、ただじっと立っている。俯いたまま、誰一人微動だにしない。八畳くらいの部屋だから、異常な光景だ。

 「実は私の実家はお寺でした」
 でした、か。
 「父が亡くなった時に寺終いをしました。今そこは駐車場になっています。こっちには母と来たのですが、母は残ったご位牌を引き取って来たのです。それで私の家は部屋ひとつがそのご位牌を安置するところになっています」
 あ、それだ。さっきの「礼服の人たちが立っている」というのはそれのことなんだな。
 お寺に行くと、どの部屋にも戦没者や無縁仏のご位牌を安置した部屋がある。その中には何百というご位牌が並んでいるわけだが、ご位牌は寺を止める時に各家に返す。無縁仏などは返す当てがないから、普通は他のお寺に引き取って貰う筈だが、それをそのまま持って来たのだ。
 そりゃ、僧侶が毎日お勤めをしなけりゃ影響は出るだろうな。
 「それじゃあ、少し変なことが起きますよね。誰もいないのに足音がしたりとか」
 「よく戸棚からお皿が落ちます。戸を閉めてあるのに、それでも床に落ちて割れますね」
 やっぱりね。
 「すぐに叱るといいです。ここは私の家だから、悪戯をするな。お客さんとして敬意をもって対応しているのだから、悪さはやめてくれ。声に出してびしっと言うと静かになります。霊は縄張りと言うかテリトリー意識が強いので、そういう圧力には敏感です」
 同じ理屈で、「いわゆるスポットに探索に行く」振舞などは、愚の骨頂だと言える。そこはあちら側の領域だ。
 私は自分と相性の悪い稲荷神社の神域にうっかり立ち入って、八か月間苦しんだ。この間は霊障が、はっきりと目に見えるかたちで起き続けた。

 「あともうひとつ気になっているのは、お寺の境内に井戸があったのですが、それをそのまま埋めて駐車場にしたことです。占いの人から『家が絶える』と言われました」
 うわ、しくじってるなあ。
 「井戸を閉める時には、龍神社の神主さんに来て貰って行う祭礼があるんですよ。今からでもそれをやって貰った方がいいですね」
 
 「その黒いひとというのは悪いものなんですか」
 「結論を言えば、あまり良くありません。普通の幽霊ではなく、影だけの存在ですが、ひとの生き死にを見に来ているのだと思いますね。病院には幽霊は滅多にいませんが、黒いひとは時々見掛けます」
 大体は重病で命が懸かる状態になる頃に黒いひとが現れる。
 もしこれが来たら、極力遠ざけることで、延命がかなうことがある。
 「だが、ひとには必ず寄り添ってくれる存在があります。私にも巫女さまとお稚児さまの二人がいて、窮地に陥った時にさりげなく示唆をくれますね。良い霊は姿を現すことが少ないので、認識するのが難しいのですが、必ずいます。Aさんの病状についてはよく承知していますが、普通の人なら三回はくたばってます。だがまだ生きてる」
 大動脈を取り換える手術を複数回受けているのに、まだ生きている。もう取り換える血管が無くなったから、最後は人工血管をつけた。

 「祈祷師の方を頼んでお祓いをして貰ったら良くなりますか」
 「先に自分で確かめることが大切です。まずは少しずつお清めを進めて行き、徐々に対応を強くしていくことです。誰でも、『私にはその道の知り合いがいる』などという脅しを掛けられたら、怒って当然です。少しずつ意思表示をしながら、対話を心掛け、いよいよ手に負えないとなったら、神主さんや祈祷師を頼むといいです」 
 ここから家族の話に移ったが、やはり典型的な障りの症状が出ていた。健康を害したり、家族が不和になったりする。
 長年、お寺をやっていたのに中途半端に止めたことで、悪影響が生じたが、その一方で、「代々、僧侶の家系だった」ことで得ている恩恵もある。
 「一番ダメなのは、良くない考え方に囚われることです。今、自分に困難があるのは悪霊の仕業で、その祟りによる。祟りがあるからうまく行かない、みたいな堂々巡りの考え方を捨てることが重要です。ひとには寿命があるからいずれ誰でも死にます。ある程度これを冷静に受け止めると、案外平気になり乗り越えられます」
 「負のスパイラル」に落ち込むのが最もダメなパターンだ。
 ちょっとした不幸は誰の身にも起きる。自分だけじゃない。

 Aさんの家には百個の位牌が立つ部屋がある。
 これへの対処は「ご供養をする」しかないと思う。
 私はたぶん、この家の玄関先から中には入れないと思う。無理にそうすれば、帰る時には二十人くらいを連れ帰る。

 あれこれ一時間も話をしたので、病棟に入るのが遅くなった。
 慌てて着替えをしたが、ベッドに向かう途中でガラモンさんに会ったので、横に並んで「どっちが痩せたか選手権」をやった。
 「あんたの方が痩せてるよ」
 「いやいや俺は負けてますよ」
 あの世のへの一里塚が「痩せる」ということだから、笑いつつもヒリヒリする。

 八畳の部屋の中に十五人くらいの礼服の男女が、ぬぼーっと立っている様子は、これから幾度か夢に観そうだ。
 実際は百を超えていたのか。

追記1)ベッドに横になると、看護師のO君が問診に来た。
「随分痩せましたね」
「二か月で四キロから五キロだな」
「前にも痩せたことがありますね。三年くらい前ですが、あの時はほっそりしていた」
「三か月くらいで十二キロ痩せたからね」
 O君は背中に老婆を背負っていたことがあったので、除霊の仕方を教えたことがある。
「俺は稲荷神社がダメなんだが、それと知らずに神域に立ち入ったことがある。それで障りを受けた」
 よく思い出してみると、草叢の周りに細綱が邪ってあった。
 要は結界で、プチ禁足地ということだ。
「そういう祟りって、そこを離れて三四日くらいで無くなるんですか」
「いざ降って来たら基本的に終わりはないよ。一時的に遠ざけることは出来るが、何度でも巡って来る」

 この時、「ああ、世間の人の感覚ってこういうことなんだ」と悟った。実感がなく、世間の階段程度しか知識も経験もないから、インフルエンザに罹るくらいの感覚なんだ。
 肝試しの延長くらいの認識で、スポットに近付いたりするわけだ。
 無知と言うより経験の無さだ。
 単純な話で、「幽霊はもう死んでいるから殺すことも消滅させることも出来ない」。消滅するのは、己の意思で自我を開放できた時だけ。他者の働きかけではない。
 念の力で一時的に遠ざけることは出来るが、大体は後で戻って来る。こころを入れ替えて、接点を作らぬようにしてあれば取り憑き難くなる。