◎昭和のカウンターバー
◎昭和のカウンターバー
大学の学部学生の時には三鷹に住んでいたが、これは四年生の夏頃の記憶だ。
私は三年の終わり頃から「もう少し勉強すべきだな」と感じていたので、進学することにした。他の多くの学生は春から就職活動に入っていて、皆でガンガン飲むというわけには行かなくなっていた。
都心で酒を飲んでも、午後九時頃には早々に解散し、それぞれが帰宅した。
十時過ぎに吉祥寺付近に着くのだが、何となく「真っすぐ帰りたくない」気分になり、この駅で降りた。
繁華街ではない方の薄暗い通りを歩いたが、ビルの四階か五階くらいに「バ-」があるのを発見したので、そこに入ってみた。
店の名前は忘れた。
中に入ると、角部屋で窓側の二面がガラス張り。外を眺められるようになっていた。
東口のビルの灯りがよく見えた。
席はカウンターだけで、十二席だけ。
店員はバーテンダー兼店長と、レジ兼お運びのもう一人の二人だった。
バーテンダー(店長)は白髪交じりのオヤジだったが、そういうカウンターバーのオヤジは客と会話するのが仕事のひとつなのに、そのオヤジは客と殆ど口を利かなかった。
おかげで、静かに夜景を眺めながら、ゆっくりとスクリュードライバーを飲むことが出来た。
客も少なくて、大体は三四人で、多くても六人くらい。
自分の世界に浸ることが出来るので、割と気に入り、週に一度は寄るようになった。
だが、常連になるといろんなことに気付く。
客が殆ど二十台で、たまに三十台がチラホラ程度。
中まで来る客はおらず、大概がフリーの単独客だ。
男女同じくらいの比率で、十時以降は客の出入りが頻繁にあった。
「一体、こりゃ何だろうな」と疑問に思ったが、謎は程なく解けた。
私は概ね外が一番よく見える東側の隅に座っていたが、後から来る女性客がどういうわけかこっちをチラチラ見る。
もてるタイプではないし田舎者だから、逆に警戒して外を向き、視線を外に向けていた。
だが、男が後から来たが、ほんの十分も座らずに会計をして出て行った。それから一分も経たぬうちに先ほどの女性客も。
この手のことが頻繁にあったので、さすがに気が付いた。
「ここは出会い系のバーじゃんか」
男女がそれぞれフリーで来ては、目くばせで会話して一緒に店を出る。ま、その先はホテルだな。
そのことに気付いたので、すぐにそこには行かなくなった。
私は田舎者だし、人見知りで、よく知らぬ人間とはうまく話が出来ない。だから、ものすごく居心地が悪い。
ちなみに、そこに来る客は男女ともあまりイケテない風貌だった。もてるタイプじゃない。ま、だからそういうところに行くわけであって。
最近、昭和の曲をよく聞くが、シティポップに、あの頃の雰囲気を再現するBGVがあったりするので、その頃のことをよく思い出す。
『プラスティックラブ』のビルの様子は、あのバーの建物にそっくりだ。
今思うと、80年代は物凄く良い時代だった。
アバなんかも今聞くとやたら新鮮だ。
あの頃の若者は、今や皆がジジババだ。